青森県南部町の果樹農家・椛沢和子さんは
鬼っ子(わらしっこ)と戯れる山の詩人

『かがり火』の読者である椛沢和子さん(54)は、リンゴ、ウメ、洋ナシ、サクランボ、モモなどを栽培している果樹農家である。少しだけれど、田んぼと野菜もやっている。和子さんは季節ごとに編集部に果物を送ってくれるけれど、その中には詩も入っている。

雪こ
木の枝こさ  からまって降る雪
雪おなごのように  しゃこがべな
白へびのように  悲しがべな
いいや  そったらこどね
おらの出っ張った腹このように、ほこらっと
おらの乳のように、温ぐらこぐ
木の芽こさ  ほぺたこくつけで
「もうすぐ春だじゃぁ。」って
降るてばな雪こは・・。

彼女は自らを“野の讃歌医”と称している。四季折々の美しい風景を見せる果樹畑を愛しているだけでなく、昆虫や野鳥の交尾を観察し、小さい命の誕生を祝福しているから、“野の産科医”でもあるという。

詩は方言で書かれているから、どこかユーモラスで、土のにおいがする。

お盆の終わったころ、和子さんから果樹畑を見学に来ないかと声を掛けていただいたので、興味津々で南部町を訪ねた。

名久井岳を眺めながら詩を作る

  果樹農家の和子さんは、年中忙しい。毎年12月にすべての収穫が終わっても、ゆっくりしていられない。冬から春先までは剪定作業に追われる。いい枝ぶりを作ることがそのまま収穫につながるのだから、大切な作業だ。剪定はご主人の奉文さんの仕事だが、最近は和子さんもハサミを握る。また、枯れ枝や草を刈り取って片付け、肥料を与えるのも冬の仕事だ。それでも冬は農閑期で、いろんな会合に出たり、人に会ったりする。

3月、4月になると種まき、苗代、代掻きと田植の準備が始まり、5月20日ころから田植え。和子さんはリンゴ、ナシの実すぐり(摘果)で忙しくなる。6月になるとサクランボハウスのビニール掛けが始まる。組んであるパイプの上に登り、パイプの中にしまい込んでいたビニールを引っ張り出してハウスをすっぽり覆う作業だ。これもご主人の仕事で、和子さんは下でハシゴを支えたりしている。ハウスの中はサウナのように暑くなる。

7月、8月は戦争だ。リンゴの摘果が続くし、ナシの袋掛けが始まり、ウメとサクランボの収穫が炎天の下で続く。果実は自宅の庭先で箱詰めして、北日本八戸市場や南部町営市場に出荷する。一部は宅配便で送るのもある。その合間に、農家の主婦だから掃除、洗濯、食事の支度もしなければならない。8月からは、モモ、ナシ、リンゴの順番でもぎ取る。

9月に入ると台風を心配しながら、残りの果実を収穫するが、だんだん畑が寂しくなってくる。そんな時、ハシゴに座って、名久井岳の頂上に浮かぶ雲をぼんやり眺めていると、次々と詩が浮かんでくる。

風の約束

きこえるべ

谷こわだる風の音

みえるべ

天さかえってぐ

風のわらしたち

まだなぁ

「山の畑で働いていると、ゴォッーと谷間を風が走る音がする時があるんだよ。そん時、オラには、地上に下りて遊んでいた鬼っ子(わらしっこ)たちが、風に乗って、天に帰っていくような、そんな気がするんだよ」という。

鬼っ子はどんなかたちをしているのかと尋ねたら、次のような絵を描いてくれた。

果樹畑への来訪者は絶えたことがない

 和子さんはサラリーマン家庭育ちなので農業をしたことはないけれど、小学校のころから、ファーブルの昆虫記やシートン動物記を愛読するほど自然が好きだった。

「中学に入って宮沢賢治に引かれて農業に関心を持ったのさぁ。おかげでや、気が付いたら農家に嫁いでいだのさぁ」と日に焼けた顔で照れ笑いした。
  農家に嫁いで厳しい現状を知ったが、今では畑にいるのが一番落ち着くという。夏は朝の5時に畑に出て、暗くなるまで家には戻らない。次から次と作業に追われるが、畑の中は和子さんの仕事場であり、書斎でもあるようだ。

「わらし(子ども)のころ、野猿みたいに駆け回りながら見た風景が、としょる(年寄る)ごとにいとおしく見えてくるというのかな、木や草や、昆虫や鳥たちに哀愁を感じるようになったんだ。今、オラは“人は木、人は草”と考えるようになってきたのさぁ」と、哲学的なことをおっしゃる。

 和子さんは農作業をしている時に、ラジオはかけない。ボリュームを上げて歌謡曲を聴きながら作業をしている農家も多いけれど、和子さんの果樹畑にはひっきりなしにお客さんが訪ねてくるから、ラジオなんて聞いている暇はない。

カラス、スズメ、カッコウ、ホトトギス 、ヒヨドリ、アオサギ、カモ、ムクドリ、ツグミ 、キジ、ヤマバト 、ウグイス、メジロ、ヒレンジャク、トンビ 、タカ、ハヤブサ、秋になると、南に向かう白鳥、雁の群れ 。

果樹畑の中をテン 、キツネ、ウサギ、カモシカが走り回り、トンボ 、セミ、チョウ 、バッタ、 カマキリが 飛び回る。

「そうそう、山椒の花を食べるアゲハチョウの幼虫も常連客でなさ、おかげで今年も実はならないけど、成虫になったチョウの姿を見るとホッとするのなさ。ハエはラベンダー夫人の催眠術にかかってや、花に逆さまにくっつき死んでるの。不思議だべぇ? でも、何と言ってもまだ、みぞれの降る春の日だまりこさ飛んで来るキタテハやシジミチョウには心が和むんだぁ。小さな虫たちがスズメやカマキリに狙われながら生きてるのも、頑張れぇと言いたくなるのさ。今年の春は、テンにも会ったし、キツネも住み着いてるんだよぉ。コンコーンなんて鳴がねかったけどな」と笑った。

農村は多層的真理で成り立っている

友人たちからは、「和子さんは詩人だものなぁ」と言われているが、その和子さんの果樹栽培は無農薬ではない。友人の中には、畑の生き物を詩にしているのに、農薬をまいているのは矛盾しているのではないかと指摘する人もいる。思い切って無農薬でやるべきだという人もいる。

「そう言われてもなぁ。オラだばできないんだなさ。何たって虫の付いた野菜は買わねべし、もちろんそれを商品とは言わねんだし。町で勤めに出ている人は冷暖房のある快適な環境で仕事してるでしょうに。オラだってそんな環境で仕事したいよ。オラたちだけ毒虫に刺されてもいいのかよ」とおどけて、ふくれてみせた。

消費者は農薬に過敏に反応するようになった。農家にしてみれば、病気や害虫が発生しないように神経を使いながら、最低限の農薬を使用しているのに、一切の農薬を使用しないように要求されるのは釈然としない。
「今年のように猛暑の夏は、スピードスプレヤーで何回も水を散布したんだけど、農薬をまいているのではねぇがと誤解されねべが心配なんだ。オラは、農薬という言葉が強過ぎる印象があるので、“アグリヘルプ”と呼びたいぐらいだよ」と、和子さん。

畑の中で、虫の羽音に耳を傾けているのは好きな和子さんが、農薬を散布するのはやっぱり矛盾しているんだろうかと、悩み深げに首をかしげた。

本誌は、和子さんは少しも矛盾していないと思う。リンゴやナシをつつく鳥たちを邪魔者と思う時もあれば、果樹畑の中で一緒に生きる仲間と思う時もあるのは自然なことなのだ。

群馬県上野村に住む哲学者の内山節氏の『風土と哲学』(信濃毎日新聞に連載中)の中に、和子さんの気持ちを代弁しているような一文があった。

「村人にとって動物は、害獣であり、仲間であり、猟の対象であり、尊敬すべきものなのである。しかもそれのすべてが『真理』で、そのどれか一つが『真理』なわけではない。『真理』は複数あり、『真理』と『真理』は矛盾した関係にある。

私はこのような『真理』のあり方を、多層的真理、あるいは真理の多層性と呼んでいる。日本の伝統的な考え方では、『真理』はひとつではなく多層的なものなのである。

それは、関係の結び方によって『真理』は変わるという発想だといってもよい。畑との関係のなかではある種の動物は害獣であるという『真理』があらわれるし、村という自然と人間の世界との関係のなかでは、動物も共に暮らす仲間という『真理』が生まれる」

チョウやトンボに優しいまなざしを向ける和子さんも真理であり、害虫を退治しなければならないと農薬を散布する和子さんも真理なのである。果樹園の営みは多層的な真理の上に成り立っている。農薬を使用しているということだけで多層的真理を無視するのは、むしろ短絡的な考え方なのだ。

それよりも、甘くておいしい果物を求める消費者が、部屋の中に蚊を一匹発見しても、大騒ぎして殺虫剤を吹き掛けているほうがよっぽど矛盾しているのではないか。

 朔あかり

ねレネ日は

よながにおきで

ホレ

きいでみなが

なぎにゆられで

花こも草こも

みなねでる

風こも虫こも

みなねでる

やさしいひかりに

つつまれで

おっかね鬼こも

みなねでべ

和子さんの栽培するサクランボは甘くて人気がある。販売価格は1?が約2500円である。同じ時期に南部町の直売所や道の駅に並ぶものの中には、同じレベルのサクランボが1?で6000円とか、7000円というものもある。そのころ、東京のデパートや高級果物店には2万5000円というものまで並ぶ。いろいろな選択肢があるのが市場主義というものの、和子さんは納得がいかない。

「サクランボを立派な木箱に入れて、一粒一粒、同じ大きさのものをそろえて、ぴかぴかに磨いたものを並べているのを見ると、オラだば、何んだかむかむかしてくるんだ」

和子さんにとって、本質とは関係なく、見た目を美しくすることで価格が跳ね上がることが理解できないし、こういうことが付加価値を高めるということならば、農作業がばかにされているように思えてならない。

農家は、価格の暴落にも泣かされる。

「もう6年ぐらい前になっかもしれねぇけれど、長男が大学に入る前、リンゴが安くなってしまったんだよ。木箱一箱で200円から300円。高値が付いたとしても500円から1000円だったかねぇ。一箱には大きい玉で60個、中玉で80個、小玉だと百個ぐらい入るでしょう。それが200円か300円。1個が3円にもならない年があったんだ。貯金を崩して生活してたけど、そうそう貯金があるわけでもねえし、目の前が真っ暗な日々だったのよ」

都会の消費者は、その分、値段が高くなった年は大もうけできるだろうと思うかもしれないが、生産農家が価格の高騰でもうけることができる年は、まずない。

「秋は台風シーズンでな、リンゴを全部取り終えるまで、毎日はらはらしていなければいけないんだよ。それでもやせねえんだ」と、和子さんはたくましく笑った。

山のめぐみ

トクントクン

山の鼓動の中で

ああ天をあおげば

おらは山神様の

ふとごろにだかれで

やまのめぐみば

少しもらって

山神様の手の道ば

まっすぐ

まよわず下る

じさまあ

おらもすこし

生ぎてみるう

生ぎでみるう

   みるう 

愉快で頼もしい「すずらんの会」の仲間たち

和子さんには「すずらんの会」という仲間がいる。農家にとって、栽培の方法や、販売先の情報を交換することは非常に大切なことなのだ。

仲間の一人、工藤都々子さんは言う。

「農家が直売所に同じような果物や野菜を並べても、売れる人と売れない人がいます。その差はどこから来るのか研究してみると、野菜の包装の仕方や、値段のシールの張り場所などで微妙に違っているんですね。

農家でも、気が弱くて販路開拓は苦手だけれど栽培は上手な人もいれば、ホテルなどへの売り込みの上手な人もいます。ですから、お互いの持ち味を発揮して助け合ってやれば、元気が出てきます。信頼し合える仲間を持つことは大切なことなんです」

 今、「すずらんの会」が考えているのは“干しリンゴ”の開発と売り込み。リンゴを輪切りにして、冬の間、寒干しにすれば甘みが出て、上品なお菓子になる。これを「すずらんの会」の統一ブランドで売り込むことも考えているという。