行列のできる長野県伊那市の直売所

今でも右肩上がりの直売所「グリーンファーム」の秘密

百貨店やスーパーの売上高が二十数年前の低水準に落ち込んでいる消費不況の中にあって、産直市場や直売所、道の駅などはどこも元気である。
 伊那市ますみケ丘にある「グリーンファーム」は平成6年のオープン以来、増収増益で、開業した当初は3000万円の売り上げだったものが15年後には10億円近くにまでなった。
 郊外の大型農道に面している場所は中心市街地からも住宅街からも遠く、周辺は田んぼと畑ばかりで、必ずしも物販に適している立地とは思えない。それでも朝8時の開店から夜7時の閉店まで、終日、買い物客でにぎわっている。レジを通過する客は平均で一日1500人、休日などは3000人にもなるという。
「私がここで直売所をやろうとした時、販売を専門とするプロのコンサルたちはこぞって反対しました。ここで商売が成り立つはずはないというのです。専門家は店舗デザイン、照明、色彩、商品の陳列など、人間工学まで駆使して消費行動を研究しています。商品一つ並べる位置についても高度な理論に基づいています。私はこの専門家たちの考え方とまったく違うやり方でやってきました。それがこの『グリーンファーム』の成功の要因だと思っています」と、創業者であり代表取締役会長でもある小林史麿さん(68歳)は言う。


●直売所の原点は物々交換にある
「グリーンファーム」に入って瞬間的に感じるのは、懐かしさである。昭和30年代にどこの地方都市にもあった露天の朝市の雑多な雰囲気が漂っていた。地面は土間のままで、そこにシートを敷いただけ。今様のしゃれた店舗とは言えないし、照明も決して明るくはないが、畑で働く生産者の体温がそのまま伝わってくるような素朴な店である。
「販売のプロたちは、消費者は店に入ったら左回りに行動するから動線(消費者の歩いて回る道筋)はどうだとか、客の目線はどのあたりを向いているかとか、レジ脇には小物を置けとか、BGMはどんな音楽がいいとか、難しい研究をし過ぎたんじゃないでしょうか」
と、小林さんは専門家たちを皮肉る。
この店で驚くのは、何と言っても商品の数と種類である。野菜や花が並んでいるから直売所に違いないけれど、古い和たんすや火鉢があるから骨董店であり、リサイクルショップのようでもある。荷車の車輪や昔の脱穀機があるから農機具店でもあり、絨毯も下がっているからインテリア用品店であり、店の前には大きな石が積み上げられているから造園業のようでもあり、子犬やネコもいるからペットショップでもある。
この店に商品を並べることのできる生産者の登録会員は1700人で、近隣の農家だけではなく、沖縄県南大東島の「グリーンファーム生産者の会」からは、露地栽培のパパイアも出荷されている。
「うちは商品を売っているのではないんです。売れたものが商品になるんです。先日も近くの山から落ち葉を拾ってきて箱に入れて250円と値段を付けてみました。それが売れるんです。私は買ったお客さんに、そこらへんにいっぱい落ちていますから拾っていったらどうですかと声を掛けたのですが、いやこれがいい、ここに並んでいるのを買いたいんだとおっしゃっていました。お客さんは何かを買いたいという強い欲求を持っているのです」
その欲求とは、ものを売ったり買ったりする喜びとでもいうものだろうか。
「私は直売所の原点は物々交換にあると思っています。流通が発達していなかった時代に思いを馳せて、そのころ漂っていたであろう雰囲気を大切にしたいんです。実は、この直売所のいちばんのお客さんは生産者なんです。ダイコンを並べていく農家は、帰りがけに自分では栽培していないリンゴを買っていきます。リンゴ農家はハクサイを購入していく。貨幣が若干介入している物々交換そのものなんですよ」
●心にもないしゃくし定規のあいさつはするな
「デパートや大型スーパーに行くと、大勢のお客さんがいるのに不思議に物音がしませんね。みんな息を詰めて買い物をしているようです。店員との対話もない。実際、かごに商品を入れてレジに持っていくと、バーコードで読み取るだけですから、一言も発しないで買い物ができるわけです。私は社員に、声を上げて騒げと言っているんです。その代わり、“いらっしゃいませ”“ありがとうございました”なんて紋切り型なことは言うなっていっています。大型店舗では、店員さんたちは接客のプロたちから指導されたあいさつを機械的に繰り返しているだけで、笑顔もつくられた笑顔です。私は、“きょうは冷えるねぇ”とか、“あんたそんなに買ってどうすんの”とか、本当に実感のある会話だけでいいと言っているんです」
ポスシステムは省力化・合理化に大きな力を発揮したが、売る人と買う人の会話を奪ってしまったのである。
● 生産者の商品搬入はいつでもOK
一般的に直売所は朝の開店前に農家に野菜などを持ち込んでもらい、夕方、閉店時にはすべて引き取ってもらうようになっている。だから朝早くのほうが新鮮な野菜を買えるので、お客さんは午前中に集中する。夕方の陳列棚はがらーんと何もなくなっている直売所も多い。しかし、ここは終日、品物が豊富である。
「うちは搬入は終日OKなんです。開店は朝8時ですから、農家は7時ごろには運び込まなければいけない。となると、この時間は農家の主婦などはいちばん忙しい時間です。ですから手が空いた時に持ってきてくれればいいと言っています。引き取りに来なくてもいいとも言っています。夜に、売れ残った野菜を引き取ったとしても、農家はその処分に困る。よそに持っていって売ることができるわけではありません、どうせ捨てるしかないのです。捨てるだけのために夕方の忙しい時間に直売所に足を運ぶのは農家の負担になります。ですから、あくまでも自分で処理すると言う方には取りに来てもらいますが、もう売れないと判断した野菜などについては、店に処分を任せてもらうようにしています。それと、葉っぱものなどはしおれたりしますから、店員がしょっちゅう店内を回っては、鮮度の落ちた野菜は売り場からどんどん撤去します。生産者と店の信頼関係で成り立っているんです。
 閉店時に持参された野菜は翌日の販売になりますが、それにしたって農協を経由した百貨店やスーパーと比べれば一日早く店頭に並んでいることになるんです」
●支払いは1週間単位で、現金渡し
「うちは支払いは1週間単位です。例えば農協に出荷したら、売り上げは3回に分けて入金されます。トウモロコシなど秋に出荷したものが、最終の入金は翌年の春ですよ。これでは農家も、何がいくらで売れたのか正確に把握できない。第一、労働の成果が半年後では生産意欲がわかないでしょう。それと、うちは振り込みではありません。現金をそのままお渡しします。通帳の数字を眺めて確認するだけより、現金そのものを見たほうが、“やるぞッ”という気持ちになるでしょう。初めは封筒に入れて渡していたのですが、その作業が大変になったので、いまは現金をむき出しで渡しています」
●手数料は20%
 いま、ほとんどの直売所は手数料は15%である。しかし、小林さんは農家の負担を軽減し、消費者のニーズを満たし、発展性のある直売所を運営していくには20%は必要だと考えた。開店当初からそのことを、参加する農家に説明した。
「20%の手数料が高いと思うならば、15%の直売所に持っていってくださいと言っていますが、誰も移ろうとしません。売れる量が違いますし、われわれは農家に場所を提供しているだけではない、農家と一体となって常に完売を目指しているんです。手数料が安くても出荷したものが残っていたんでは、しょうがないじゃありませんか」
●この直売所には労働の喜びがあった
「グリーンファーム」の社員は50人。パートはわずか3人だけ。
「全員に社会保険もあり、ボーナスもあります。パートであっても希望者には社会保険に加入しています。やはりいちばん大切なのは働く者の喜びであり、やりがいです。ただ売り上げを伸ばすために社員の尻をたたいているような会社じゃつまらないじゃないですか」
全国の直売所がどこも元気なのは、実はこの働く喜びがあるからではないか。労働が分断されていない。生産者とも消費者とも対話があり、働く人同士の連帯感がある。
市場主義にさらされている大企業では、「成績が上がらなかったらいつ辞めてもらってもいいんだよ。君の代わりはいくらでもいるんだから」という寒々とした言葉を投げつけられながら働かなければいけないが、「グリーンファーム」の空気は温かく、笑い声が絶えないのであった。これがおそらく増収増益を続けている最大の理由ではないか。

(グリーンファーム 〒396-0027 長野県伊那市ますみケ丘351-7
TEL0265-74-5351FAX0265-74-6477)

熊本大学文学部・徳野貞雄教授の農村社会学講座

聞き手 高木正三 (元九州農政局勤務 現「ふるさと食農ほんわかネットワーク」主宰『ドリーム』編集長・『かがり火』支局長)

 熊本城に阿蘇山、カラシレンコンに馬刺しなど、熊本に名所名物数々あれど、忘れてならない名物もある。われらが徳野貞雄さんである。熊本大学文学部の教授ながら、農村社会学を研究する変な(?)先生。
「日本の農業とムラは危機的状況にもかかわらず、従来の農学・農政は、農地や作物の側面からしか見ない『生産力農業論』が中心であり、“ヒト”や暮らしの大きな変化に対応しきれていない」と、独自の農業・農村社会論を展開している。
 バイタリティーがあってフットワークが軽く、全国の農村を歩き回っては、「補助金を出すからという行政や政策をアテにしないほうがいい」と説き、「大学の先生と政治家には気を付けるように」と警告を発する。食と農を核にした地域づくりにかかわつている人にとっていまいちばん信用できる、その徳野教授に話を聞いた。(高木)


 大企業も、農村社会の恩恵を受けている
――先生は、トヨタやホンダ、東芝やソニーという世界的な大企業も農業社会の恩恵を受けているということをおっしゃっていますね。
徳野 世界的な大企業をつくり出せたのは優秀な人材がいたからですが、その人材は日本のムラ、つまり機能的村落共同体が生み出したのです。
 例えば熊本県矢部町(現山都町)の巨大な石垣のアーチ形用水路の通潤橋は、細川藩でもなく徳川幕府でもなく、ムラの人たちが築いたものです。通潤橋のおかげで、水のなかった白糸台地240haが棚田と茶畑になりました。
 日本のムラでは、単に家族、親族、近隣の人たちが相互に助け合うだけでなく、ある共通課題に対して、ムラ中が集団的にまとまり、資金調達も含めて組織化され、高度な計画を作り、井戸やため池、林道、農道、ついでに集会施設や学校までつくっています。そのための共同訓練もムラで行われてきました。ムラが一つの法人的性格を持ち、ある目標に向かって機能的に働きました。日本のムラは非常に発達した地域機能的共同体だと言えます。
 このムラという地域機能的共同体が明治以降の急速な近代化・産業化に貢献したのです。つまり、集団的にある目標を達成するための技術と精神を養ってきた人々が農山村から出てきて、都市や企業で働いたからできたことだと思います。
――大企業といわれる会社の社員のルーツも、もとをただせば農業で鍛えられていたということですね。
徳野 ムラが壊れるということは、単に農業や農村が衰退していくことではありません。日本人が、日本の社会が持っている機能的共同体が、弱体化することなのです。農業、農村の持つ意味を、単に農業の経済的視点からしか見ることができない経済界の人は、自分で自分の首を絞めていることになります。
 私の好きな狂歌に「トヨ田に、ホン田に、こりゃマツ田、おまえら、田んぼの出じゃないか、田んぼつぶすな、罰当たり ! 」というのがあります。これは菊池養生園(熊本県菊池にある公立の診療所)の医師・竹熊宣孝さんが詠んだものですが、真実をうがっていると思います。

世界一わがままな、日本の消費者
―― 日本の食料問題をゆがめているのは一般の消費者であるとも、徳野先生はおっしゃっていますね。
徳野 「魚は骨があるから食べにくい」と、骨抜き処理したものを買う。ゴボウやサトイモは自分で皮をむくのは面倒で、手が黒くなるからといって、添加剤で漂白したものを買う。そのくせ、多くの消費者は「農業は自然の摂理に従うべきだ」「食べ物は安全でなければならない」と主張しています。
 それでいて「冬でもスイカが欲しい」「12月でもイチゴを作れ」と要求します。要求されるから生産者は無理をしてビニールハウスで、これらを作ると、今度は「野菜に季節感がなくなった」と生産者が悪いようなことを言います。こういうわがままな消費者を、この30〜40年でつくってしまったのです。
―― いまの消費者は、どのようにわがままなのでしょうか。
徳野 いままで農業・農村の専門家は、いかに農業の生産効率を上げるかを熱心に研究してきたあまり、消費者の研究をしてこなかったように思います。
 図1をご覧いただきたい。これは私が福岡都市科学研究所と共同で調査したものですが、縦軸を「農」の価値が分かるか分からないかで分けています。農業が、単に食べ物や所得を得るためではなく、環境や家族のあり方、人間関係を含めて、地域社会において大きな影響を持っていることを想定できるかどうかという意識の問題です。
 そして横軸は、農産物に対してお金を払うか払わないか、場合によっては農業のために汗を流すかどうか、そういう行動から見た指標で分けています。
 こうして分類すると、まず、農業は大事なもので価値があるものだから、援農に行ってもいいし、お金を払ってもよいと考えている?の「期待される消費者」は、私の調査によると、たったの5.4%しかいません。
 その次は、?の「健康志向型消費者」ともいうべき人たちで、生協周辺に多いのですが、「期待される消費者」ほどではないが、そこそこはお金を払う。そして、食の安全については強い関心を持っている。しかし、農業全体の持っている価値といったところまでは考えと体がついて行かないという人たちで、これが16.5%です。
 そして現在、日本でいちばん多いのが?の「分裂型消費者」とも呼べる人たちです。この人たちは、口では安全とか地産地消とか言っているけれども、意識と行動が一致せず、分裂しています。実際に買い物に行くと、スーパーの輸入農産物の特売に飛び付くという人たちです。この人たちが何と52.4%もいます。「分裂型消費者」の特徴は、頭でっかちで、テレビや新聞の報道に敏感なことです。どこどこの町のナシの残留農薬に発がん性物質が発見されたと聞くと、ナシだけでなく、ミカンも野菜もまったく買わなくなる人たちで、いわゆる風評被害を発生させる人たちです。
 最後の類型が?の「どうしようもない消費者」です。食べ物についても、農業についても考えていないし、お金もあまり払わない。言ってしまえばエサを食べている、食べさせられている人たちです。この人たちが23.0%。この「分裂型消費者」と「どうしようもない消費者」を足すと75.4%、消費者の4分の3を占めています。これが日本の消費者の現状です。この人たちをどのようにして「期待される消費者」に持ってくるかということが、現在の最大の課題だろうと思っています。

「人口は減少する」を前提に、将来像を描け
―― いま農村は、グリーンツーリズムで都市住民を呼び込もうとしたり、いろいろな企画や政策を実施していますが、いまひとつ効果が上がっていないようです。何か有効な方法はあるでしょうか。
徳野 都市農村交流が叫ばれていますが、果たして誰のための交流なんでしょう。行政に踊らされていないでしょうか。都会の人が来てくれて、お金を落としてくれれば、それで農地荒廃や担い手問題が解決するかと言えば、当然そんなことはないのです。せいぜい農家にプラスアルファの所得にはなっても、地域経済の浮揚には結び付きません。
むしろ集落住民にとっては、交流会の飲食費や交流事業の手間暇を考えると赤字になることが多いでしょう。
 こんなことから考えると、都市農村交流は、新しい祭り(活動)と位置付けるべきですね。都会の人をダシにした新しい祭りだと思えば、赤字でも腹が立たないでしょう。行政やマスコミに踊らされ、オーナー制や農家民宿を行えばバラ色だと思い描く漠然とした期待で始めるのでなく、きちっとした目的や機能を明確にして進めるべきでしょう。
 私は、基本的にはツーリズムに反対ではありません。ただ、農水省的な政策として、グリーンツーリズムによる農山村の活性化目標を立てても、そんなに短期にはうまくいかないだろうと考えています。もっと緩やかに、時間をかけてもいいから、いろいろなかたちで農村対策を展開していくべきです。
 都市農村交流を最初に言い出したのは農水省ではなく、旧国土庁でした。農村や農業の問題ではなく、人口動態論的な問題として出されたものなのです。
 明治5年、わが国の総人口は約3500万人でした。それが現在は約1億2770万人。日本はこの140年間で人口を3.6倍に増やしました。これは本来異常なことなのですが、政府も国民も異常が100年続くと、人口増加が常態だと思ってしまいました。そしてこの発想から抜け出せなくなったのです。これからの日本社会は、私の言う「人口増加型パラダイム」からどれだけ抜け出せるか、人口減少を前提とした将来像をどう描いていくかが最大の課題です。
―― 人口が増えないと、地域がますます駄目になっていくのではないでしょうか。
徳野 人口はもう絶対に増えません。現に2005年から日本の総人口は減少し始めました。これからはもっと高齢化が進んでいきます。このことは分かっていても政治家や行政も選挙が怖くて、人口減少を直視しようとせず、幻想であれ夢であれ、人口増加のための政策を模索しています。そのために、アリバイ行政をやらなければならないのです。アリバイ行政とはどういうことかといえば、それをやったからといって実際の解決策にはならないけれども、何か対策しないと議会や住民から「行政は何をしているのか」と言われてしまうので、解決にならないことを承知で、無駄な政策を実施しているということです。
 旧国土庁は過疎・過密問題を是正するために、三全総(田園都市構想)や四全総をつくりました。また旧自治省は過疎地特別措置法をつくり、旧通産省は農村工業導入政策を進めました。しかし、地方の過疎化・高齢化は止まりません。過疎地の定住人口の減少も止まりません。そこで、苦肉の策で「都市農村交流人口論」を生み出したのです。定住人口が増えないならば、せめて交流人口でいこう、都市の人を田舎に呼び込めば地域も経済も活性化すると考えたのでしょう。
――アリバイ行政は、何も農業だけに限りませんね。山の中によく「落石注意」という看板が立っていますが、あれなどは落石を予防するというよりも、事故が発生した時に、住民やマスコミからの非難に対して、弁解するためのように思われます。
徳野 まあ、そんなもんです。都市農村交流は基本的にサギです。人口1万人のムラに100万人の交流客が来れば、地域が潤うと考える人が多くいますが、ムラは1日1万人です。年間だと365万人います。小学生でも100万人と365万人はどちらが多いか分かります。しかし、欲を掻いている大人には、それが見えません。それと、観光客や交流客は理髪店にも、文具店、洋服屋さん、電気屋さんにも行かないし、絶対に車を買ってもくれません。経済効果の裾野は意外と狭いのです。


家族の絆は統計データでは把握できない
――交流人口に過大な期待を持っては失望するということですね。徳野先生は「T型集落点検」という発想で、農村集落の実態を把握しようとされていますね。
徳野 この集落点検は、家族や集落がどんな状況にあるか、これからどんな状況を迎えることになるかを予測し、把握する時に有効です。私は、「集落に住む人たちの、集落に住む人たちによる、集落に住む人たちのための」点検方法だと考えています。T型というのは、父親−母親を平行に書き、その下に子ども、その子どもが結婚していれば同じ方法で記入していくと、その形がアルファベットのTを連続させていく形に似ているので、仮に「T型」(T型の家系図)と呼ぶようにしたのです。集落の将来を予測する時に、この点検方法は非常に有効だと思っています。
 ある集落を点検しようとする場合、まず小字単位の集落の人に、「絶対に夫婦同伴で」公民館に集まってまってもらい、葬式組程度の班に分けます。集まった人たちは自分たちで模造紙に地図を書き、集落内に住んでいる方の家族について片っ端から書いていきます。同居している家族の性別、年齢、続柄、職業等もすべて書き込んでいきます。次に、色を変えたマジックペンで、よそに出て行っている子どもや孫もどこに住んでいるかまで書き込み、Uターンしそうな子どもにはチェックを入れます。暮らしの基本である家族の将来像を見据えて、20〜30年後の集落の将来の計画を立てていく方法です。なお、行政のデータは住民台帳をベースにしているので、同じ行政内の同居世帯しか見えていません。
―― 「T型集落点検」を行うことによって、どのような効果があるのですか。
徳野 まず第一に、その家族が安定しているかどうかを見ることができます。同居している家族に加え、よそに出て行っている子どもや孫のことまで具体的に把握しますので、例えば行政の調査では一人暮らしとなっていても、同じ集落内に娘が嫁ぎ、孫もいて常に往来していれば実質的には多世代同居となります。
 また、70代の老夫婦のみの家庭だと、将来はこの家庭は消滅すると想像しがちになるのですが、この両親を残して数十キロ程度離れた場所で勤めている息子がいて、5年後には定年退職で帰ってくることが分かっていれば状況は違ってきます。この家庭も安定していると見ることができますね。
 このようにして具体的に家族の安定度を点検することによって、この集落の将来の姿を想定することができます。
 すなわち、家族機能の維持や暮らしの水準を上げるだけでなく、誰が農地や山の相続を現実的にできるかなど、暮らしの基本である家族の将来像を具体的に見据えて、集落の将来計画を立てることができるんです。
――「T型集落点検」の効果は分かりました。この『かがり火』は地域づくりに携わっている読者が多いんですが、この「T型集落点検」を行う時の注意点等を教えてください。
徳野 私は、「T型集落点検」は家と集落の人間ドックと位置付けているくらいですから、商店街でも団地でも可能です。注意点としては、「家族」と「世帯」は違うということを意識して調査することです。わが国の統計には、世帯しか出てこないんです。世帯は一緒に暮らしている単位ですが、日常用語で使っている家族は空間を超えるんです。行政も世帯は見ますが、家族は見ないですね。統計的な数字では見えてこないところを見るのが、この点検方法です。
――「限界集落」と報道されている土地に実際に行ってみると意外に明るく元気なのは、数字には表れない家族の絆のようなものがあるからでしょうね。ところで、先生は農業を研究していらっしゃるのに文学部の先生なんですね。
徳野 わが国の農学・農政では農地開発と生産技術の開発に力を注ぎ、農業の近代化を進めてきました。北海道を開拓し、干拓や棚田の開発、耕地整備や用水・灌漑施設の整備をして増産体制を築いてきたのです。そのために高度経済成長期以降に急激に増えてきた消費者(自分で食べ物を作らず、買うだけの人間)と、急激に減少した生産者(担い手)の研究・分析をしてこなかった。これまでの農政や農学は「ヒト」の研究をしてこなかった。人間が農業をし、人間が食べているのです。農業はそんなに変わっていないが、人間のほうが変わってしまった。だから「文学部なのに農業を研究する変な先生」となり、「ヒト」を中心に「担い手問題」や「消費者問題」だけでなく、ヒトの基礎単位である「家族」や「暮らし」の変化を総体的に研究して意見を述べているわけです。
                  ◆
 昨年の10月25日、徳野教授の還暦を記念して、農業やムラづくりの実践者たちが「食・農・ムラ」のシンポジウムを開催したところ、700人の人たちが集まった。勲章をもらったわけでもないのに、これだけの人数が集まるというのは、いかに徳野教授が地域住民から慕われているか分かろうというものである。
 また、徳野教授が面倒を見ている団体やグループも多い。わが「ふるさと食農ほんわかネット」のほか、私が知っているだけでも、九州のムラたび応援団、逆手塾、全国合鴨水稲会、九州番頭さんの会、ブドウの樹、むすび庵で農と旬を語ろう会などにかかわっている。
 徳野教授の人気は、教授でありながら堅苦しいところがまったくない気さくな人柄で、「ふるさと食農ほんわかネット」の理事長もお願いしている。
ただ、困るのは口が悪くて、特に行政関係の人に噛み付く悪い癖があります。危険人物ですので、要注意!です。
最後に、「ふるさと食農ほんわかネット」では、機関誌『ドリーム』を発行していますので、購読希望の方は小生までご連絡いただければ幸いです。(高木)

徳野貞雄(とくの さだお) 1949年、大阪府貝塚市生まれ。1987年、九州大学大学院
文学研究科博士課程修了。山口大学、広島県立大学、シェフィールド大学(イギリス)客員研究員を経て、1999年、熊本大学文学部総合人間学科地域社会学教授。食と農の専門家として日本全国の農村に出掛け、フィールドワークをこなす活動派。

高木正三(たかき まさみ)1949年、熊本県阿蘇市生まれ。1973年、中央大学法学部(通信教育部)卒業。熊本営林局、林野庁勤務を経て国際協力事業団出向(林業技術協力としてタイ国に3年間滞在)、農業者年金基金出向、九州農政局勤務を経て2009年3月定年退職。食・農・環境・GTに関するミニコミ誌『ドリーム』編集長、熊本県重症心身障害児(者)を守る会会長、社会福祉法人全国重症心身障害児(者)を守る会評議員 mail dream.takaki@nifty.com

参考文献『農村の幸せ、都会の幸せ』 (徳野貞雄著・NHK出版)