豊饒の海 サロマ湖に生きる人々

―資本主義内社会主義のような佐呂間漁業協同組合ー

北島三郎や鳥羽一郎などが歌う演歌に出てくる漁師さんたちには共通のイメージがあるようだ。逆巻く波をものともせず漁に出て、頭にはねじり鉢巻き、腹には晒しを巻いての一升酒、宵越しの金は持たないきっぷのよさ、度胸があって豪快で一本気……。
ところがである。北海道佐呂間漁業協同組合に所属する漁師さんたちは、このイメージとはかなり違う。海がしけると絶対に船は出さないし、お酒を飲めない人も少なくない。それに、稼いだ金はがっちり貯蓄している。正確にいうならば、漁協の指導で貯蓄させられている。自分のお金なのに自分で勝手に使えない。資本主義の中の社会主義のような佐呂間漁協のシステムを紹介しよう。

お金は漁協が管理
「いまの日本では、自分で稼いだ金は何に使おうとも誰からも文句を言われないはずですが、佐呂間漁協の組合員である漁師たちはそうはいかないんですよ。稼ぎは組合でしっかりと押さえ込んでしまうんです」と笑いながらおっしゃるのは、阿部与志輝代表理事組合長である。
 佐呂間漁業協同組合に所属する正組合員は59人で、昨年度末の貯金残高は67億4337万円、組合員平均1億1429万円。実際は2億円を超えている人もいれば1億円に満たない人もいるけれど、単純に平均すれば組合員は全員、億万長者なのである。
 佐呂間の漁師さんの年間の水揚げ高は多い人で2500万円、少ない人で1800万円ぐらいだという。
稼いだお金が自分のままにならない仕組みを理解いただくために、年間2000万円の漁師さんを例にとって説明しよう。まず、月取り貯金という天引き貯金があって、水揚げ高の70%、1400万円は本人の意思に関係なく無条件で天引きされる。このお金は翌年の生活費に回されるものだ。納税準備金が10%で200万円、税金は漁協でお願いしている税理士さんが個別に組合員と打ち合わせをして申告している。佐呂間漁協と道漁連への手数料が合わせて6%で120万円、船を買い替えたりする時のための漁船準備金が2%で40万円、天候が荒れたりで漁ができない場合を想定しての備荒貯金が2%でやはり40万円、そして高齢で働けなくなった時に備えての養老貯金が2%の40万円、92%の1840万円は強制的に天引きされるのである。2000万円稼いで、その年に自由に使えるお金は8%の160万円しかない。
 生活費はすべて、前年度に積み立てられた月取り貯金で賄う。つまり平成22年度は、前年度の21年度の稼ぎから天引きされた月取り貯金が充てられる。今年稼いだお金からの天引き貯金はすべて来年に回される。病気などで1年間まるまる働けなくなったとしても、1年間は前年度の貯金で生活できるようになっている。
「月取り貯金が1400万円あっても、すべて生活費に回されるわけではありません。食費、交通費、教育費、被服費、娯楽費などに公共料金を入れても、せいぜい月に30万円から40万円もあれば十分でしょう。それに漁具やフォークリフトなどの償還、重油など漁にかかわる経費もこの中から支払いますが、それでもかなりな金額が残ります。それが毎年貯金されていって、組合員は1億円近い貯金を持つことができたということです。
すべての組合員は毎年、1月15日までにその年の営漁計画書というものを出さなければなりません。ホタテやシマエビやカキなど、何月にどれだけ出荷するかという漁業計画だけでなく、毎月、いくらぐらいで生活するか家計費まで事細かに記入してもらいます。フォークリフトを買い替える予定があるとか、子どもが大学に行くので仕送りが必要になるとか、娘が結婚するとか、家を改装する予定などがあればすべて計画書に書き入れてもらうのです。その計画書に沿って、漁協の担当者と組合員が、その出費は妥当なものかいちいち話し合うのです。もし、貯蓄高が低いのに家を新築したいという人がいれば、“まだ早いんじゃないかい。もう少し我慢したらどうだ”などとアドバイスするんです」
 だから漁協は組合員の家族構成だけでなく、どんな暮らしをしているかのディテールまで詳細に把握している。つまり、漁協は漁師さんたちの生活指導まで行っているわけだ。
「仮に家の新築や船の買い替えを認めたとしても、本人の貯金は解約させません。漁協が貯蓄額の80%まで貸し出しする仕組みになっています。自分の金だと思って自由に使えるようになれば、気が緩んでしまうからです。借りたお金となれば毎月きちんと返済しなければなりませんから、お金についての緊張感が維持できます。昔の漁師は一回の漁で何百万も稼いで、そのお金を腹巻きに入れて、キャバレーに繰り出したという話も聞きましたが、佐呂間漁協はみんな堅実で、ある意味では月給制のサラリーマンのようなものです。ですから佐呂間町にはホタテ御殿のような豪邸はありませんし、ベンツやポルシェを乗り回している人もいません。その代わり、夜逃げする人も出ません。サロマ湖の恵みを享受しながら生活を守るという先人の知恵が生きているのです」
 この仕組みは昭和46年から始まったが、組合員の誰一人、“個人の生活まで干渉されたくない”といって反対する人はいなかったという。

先人の知恵・常会
佐呂間漁協がホタテの養殖を始めたのは昭和40年である。それまでも漁師たちはオホーツク海の恵みを受けていたが、大漁の年もあれば不漁の年もあった。運を天に任せるような漁だった。これでは自由競争による乱獲の心配もあるし、組合員の生活も安定したものにならないと、ホタテの栽培漁業に取り組んだ。
「いまの漁協が成立する前、昭和39年の佐呂間漁協の販売取扱高は7600万円、貯蓄残高は7200万円しかありませんでした。当時の組合長たちが、このままではじり貧になると考えて、ホタテの養殖を研究して、昭和40年から養殖事業に着手しました。その時、漁協には事業を立ち上げる資金がなく、上部団体の信漁連に1億5600万円の借り入れを申し込んだのですが、販売取扱高も貯蓄高も少ないので断られてしまったのです。お金がなければ養殖が始められないと苦境にあった時、町が債務保証をしてくれたのです。町が保証人になってくれたということは町民すべての税金が担保になったということですので、当時の組合長が“われわれの漁は漁師だけの努力で成り立っているのではない。町民みんなのおかげだということを肝に銘じて忘れてはならない”と、懇々と組合員を諭したそうです。この教えはいまも生きています」
 全国の漁業協同組合の中で一人当たりの貯金がトップクラスなのは、このサロマ方式のおかげである。高額を稼ぐ漁師といえども派手な暮らしをせず、町民として節度のある暮らしを守っている。
 この独自なシステムを維持するための重要な役割を果たしているのが、毎月開催される常会である。正組合員59名、青年部31名(息子など後継者たち)が参加して行われる集会だ。漁協から組合員へのお知らせは同報ファクスでほぼ毎日送られているが、重要課題がある時は日に二度も三度も発信されるほど情報公開が行き届いている組合なのだ。常会の開催日もファクスで知らされる。
「全員が参加すれば約90人ですが大体、毎月8割の組合員が参加します。この常会では、漁価や漁獲高などの推移など組合からの事務連絡以外に、組合員からいろいろな要求、要請、陳情、相談などが出されて、とことん議論するのです。かつてバブルのころは、漁協に膨大な資金が蓄積されているものですから、株式などに投資して、その利益を組合員に配当してもいいのではないかという意見もありました。しかし、多くの組合員は漁師は漁だけで生計を立てるべきで、それ以外のことで収入を図るべきでないという意見で一致しました。われわれの合言葉は“豊かな過疎”ということです。常会で簡単に結論が出ない議題については管理委員会、組合資格委員会、役員報酬委員会、貯蓄推進委員会、購販推進委員会など個別の委員会で討議され、最終的には総会で議決されます」
ここでは、直接民主主義が生きているのである。

豊饒の海
 面積94?のサロマ湖は、長さ20?の砂洲で囲まれた湖で、西側が300m、東側が50mの湖口で外海のオホーツク海とつながっている。このサロマ湖は、佐呂間漁業協同組合のほかに常呂漁業協同組合と湧別漁業協同組合の三つの漁協の組合員(410人)が漁業権を持っている。取る魚も漁法もほとんど同じだが、経営に関しては前述したように佐呂間漁協は特別なシステムである。三漁協は資源の枯渇を防ぐために、漁法や漁期などを細かく決めている。
サロマ湖のホタテの年間の養殖許容量は4361万6千枚で、そのうちサロマ漁協の割り当ては1900万枚、この1900万枚が佐呂間漁協の組合員59人に配分されている。ちなみに本誌支局長の船木耕二さんに割り当てられている枚数は18万6000枚である。漁師が養殖のためにホタテを吊り下げる延べ縄は1本の長さが100mで、最大45本までである。養殖する海の区画も決められている。
「陸の畑と同じようにサロマ湖も、ここからここまでは誰々の海と決まっていて、他人の海には入ってはいけないようになっています。陸と違って境界線がないので分からないようですが、陸以上にはっきり分かれているといってもいいんですよ」と、船木さんは説明してくれた。
サロマ湖ではホタテの養殖以外に、カキ養殖とシマエビ漁が盛んで、外海のオホーツク海ではサケ、マスの定置網漁が行われ、地まきの天然ホタテも採れる。地まきというのは、サロマ湖で育成した稚貝を放流して、自然の海の中で育てるものだ。
組合員は59人、ホタテ養殖の漁業権はすべての漁師に付与されているけれど、シマエビとマスについては、どちらかを選択しなければならない。シマエビ漁をする人はマス漁ができない、マス漁をする人はシマエビ漁ができない。
「マス漁の水揚げ高は年間約1000万円ぐらいになりますから、大きいです。シマエビはせいぜい200万〜300万円程度です。マスもシマエビも2〜3人の漁師が共同で行っています。マス漁のほうが水揚げが多くて有利なようですが、定置網など漁具への投資が必要ですし、しけで網が流される危険もあり、それに何人かの乗組員も雇わなければいけません。シマエビ漁は、船外機で比較的簡単に漁ができます。それぞれ一長一短がありますが、どちらを選択するかは話し合いで決めています」(阿部組合長)
 サロマ漁協でユニークなのは、外海(オホーツク海)の天然ホタテ漁とサケ漁は組合員が直接漁を行わず、漁協が直接、フリーの漁師さんたちを雇って行っていることだ。そのために漁協がホタテ漁専用の船三隻と、サケ漁専用の船一隻を保有している。
「漁協が直接漁をするのは、組合員は自分の漁が忙しく、外海のサケや地まきホタテまで手が回らないからです。地まきの天然ホタテについては、毎年、春に稚貝200万個を放流するのは組合員の義務ですが、漁はしません。漁協が水揚げした金額から人件費や油代、漁具、手数料などの経費を引いた利益は、漁業権を持っている組合員に均等に配当されます。ホタテの場合は、大体年間一人1000万円程度になります」(阿部組合長)
1週間から10日間ぐらい稚貝の放流に従事しなければならないというものの、1000万円近い配当を受けることができるとは何ともうらやましい。サケの配当も同様に受けることができる。
「サケも同じ仕組みですが、こっちは好漁不漁が激しいので、500万円近い配当のある年もあれば、赤字の年もあります。赤字の年は組合員が等分に赤字額を負担することになっています」(船木耕二さん)
 佐呂間漁協に所属する漁師さんたちの平均水揚げ高は約2000万円だが、その半分は配当によるのである。

資本主義内社会主義
佐呂間漁業協同組合の形態は、資本主義の中に社会主義を取り入れて融合させたような仕組みである。徹底的に管理された組合で、勝ち組もいないし、負け組も出ない。
船木耕二さんは、「ある意味でわれわれに一獲千金を得るという夢はありません。どんなに頑張っても一人で1億2億という水揚げはできないようになっています。反対に、過当な競争がないだけに倒産がありません。野心のある漁師には不満があるかもしれませんが、現在の組合員はすべてこのシステムをつくってくれた先人に敬意を払い、尊敬しているのです」
それだけに、万が一にも漁師の倒産があれば漁協の恥であり、汚点になるということで、危ない組合員が現れると漁の仕方から私生活まで徹底的な指導が入るという。
「競争がないようだけれど、あることはあるんです。ホタテの稚貝はちょうちんと呼ばれている採苗器で採取して、そのタネをざぶとんと呼ばれている育成器に移して、約4cmになると外海に放流するのですが、その段階で稚貝の大きさをランク付けします。毎年、一番大きな稚貝を育てた漁師から、ビリの漁師まで59人をランク付けして発表しています。直接収入に響くわけではありませんが、漁師のプライドにかかわりますから、みんな必死ですよ。養殖だって、やはり創意工夫の優れている人と、のんびりやっている人ではホタテの育ち具合に微妙に差が出てきます。セリや入札は個別に行いますから、売上額にも差が出てきます」
千万単位の差はつかないが、百万単位での差は出るようになっていると阿部組合長は説明する。
順風満帆のようだが、佐呂間漁協にも問題がないわけではない。
「いちばんの問題は、早めに船を下りる漁師が出てきていることです。息子がいるところは漁業権や船も継承されますからいいのですが、娘しかいない家では、婿をとってまで漁業を続けることはないと、漁師を辞めてしまうんです。組合員が少なくなるのは漁協の経営にとっても問題ですから、“もう少しやってもいいじゃないか”と説得するんですが、漁師を辞めた時点ですべての貯金は解約されて支払われますから、老後の暮らしに何の心配もなく、簡単に船を下りてしまうんですよ」(阿部組合長)
他から佐呂間漁協の組合員になりたいという要望も多いけれど、これは簡単になれない仕組みになっている。
「水協法(水産業協同組合法)では漁業に120日以上従事したか経営に携わった人間に権利が発生することになっていますが、佐呂間では経営を取っています。経営というのは漁業権がなければできないので、実質的に組合員になれません。しかし、まじめで間違いがないという人ならば、とりあえず准組合員になってもらって、3年以上働いてもらいます。そのあとで組合資格委員会に諮って、共同で漁業に従事してもらう道は開かれています」
一人当たり日本一の貯金高を誇る佐呂間漁協の仕組みは初代の船木長蔵、二代目の船木長太郎という揺籃期の漁協の組合長がつくりだしたものだが、その精神は二宮尊徳の報徳訓にあったという。
【報徳訓】
父母の根元は天地の令命にあり
身体の根元は父母の生育にあり
子孫の相続は夫婦の丹精にあり

父母の富貴は祖先の勤功にあり
吾身の富貴は父母の積善にあり
子孫の富貴は自己の勤労にあり

身命の長養は衣食住の三つにあり
衣食住の三つは田畑山林にあり
田畑山林は人民の勤耕にあり

今年の衣食は昨年の産業にあり
来年の衣食は今年の艱難にあり
年々歳々報徳を忘るべからず
 特に最後の三行が、佐呂間漁業協同組合の基本精神になっていた。
冬のオホーツク海はどんよりと曇っていて寒々しいが、阿部組合長の話を聞いたあとでは、その風景も温かいものに見えてくるのであった。