●日野原重明先生が亡くなった。105歳だった。最後まで頭脳が明晰で、見事な人生だったと思う。日野原先生のように、100歳を超えているご老人は現代の日本に65000人いらっしゃるという。誠に欣快に堪えない。2017年の平均寿命は女性が86.99歳、男性が80.75歳だが、日本人の平均寿命は年々延びていて、100歳に到達するのはそんな先のことではないという信憑性の高い予測もある。そうなると今の高齢化社会なんて序の口でかわいいもんだ。平均寿命100歳の社会がどんな景色になるのかはにわかに想像し難いが、電車はほとんどがシルバーシートで、一部に一般席が残るということになるのだろうか。

寿命については世界の科学者たちがさまざまな角度から研究していて、目覚ましい進歩を遂げている。どうやら人工知能が社会のありようを根本から変えてしまうようだ。

●科学の世界では“シンギュラリティ”という言葉が注目されている。日本語では「技術的特異点」と訳されているが、人工知能が人間の能力を超えることで、生物学的な思考速度の限界を超越することらしい。早い話が人間がコンピュータの知能に追い付けなくなった時点を指す。今だって、囲碁や将棋の世界ではコンピュータに勝てなくなっているが、この現象があらゆる場面で起きる。コンピュータは勉強しろと言われなくても勝手に学習する。コンピュータは食事も睡眠も取らない、ご意向を忖度しないし不倫もしない。ただ黙々と学習するから、人間はかないっこない。

●シンギュラリティは医学にも当然大きな影響を与える。人間はなぜ年を取るのか、なぜ病気になるのか、老化の原因まで分かるようになるという。がんの克服も夢ではないという。これが大体2045年に到来すると未来学者は予測している。となるとあと28年、たった28年頑張れば、私たちはまるで違う世界を生きることになる。

●しかしながら100歳までは生きていたくないという人も多いだろう。社会保障が破綻するし、わが家の貯金も底がつく、今も節約、倹約の苦しい暮らしなのでこれ以上大変な思いをしたくないという人もいるだろう。命があっても金がなければ意味がない、寝たきりで長生きしても仕方がないと思う人もいるだろう。しかし、科学の進歩は単に寿命を延ばすだけでなく、老化の原因も突き止めるという。年を取って足腰が弱まり、階段を上るのが大変になり、トイレが近くなり、記憶力が減退し、頭髪が抜け、歯が抜ける原因が解明されて、その治療も対策も進むというのである。それならば長生きしてもいいという人がいるかもしれない。

●みんなが100歳まで生きるのが普通になれば、世の中はだいぶ変わるだろう。サッカーの三浦知良選手やスキージャンプの葛西紀明選手はレジェンドではなくなる。50歳を超えたプロ野球選手はごろごろいるということになる。

 こうなると、孔子の教えも修正しなければいけなくなる。“三十にして立つ。四十にして惑わず。五十にして天命を知る。六十にして耳順がう。七十にして心の欲する所に従って、
矩を踰えず”は、それぞれに二十を足さなければいけない。五十にして立つが当たり前になる。

“四十、五十は洟垂れ小僧、六十、七十は働き盛り、九十になって迎えが来たら百まで待てと追い返せ”という文句も笑い話ではなくなる。長命は私たちの価値観を根本から変えることになるだろう。昔から、「人生は短い、あっという間だ。決して無駄な時間を過ごしてはならない」と何べん聞かされたか分からないが、こんな説教も意味をなさなくなる。

あの名曲♪命短し、恋せよ乙女――も、みんなが100歳まで生きられるようになればリアリティーを失って歌われなくなるだろう。

●最近の研究で分かってきたのは、細胞が慢性炎症を起こす人は長生きできないということだ。といっても何のことだか分からないが、長命な人に共通しているのは、同じ買い物でも人を喜ばせるための買い物をする人、ボランティア活動に熱心な人、家族を大切にする人、世のために働く人など社会に貢献する姿勢のある人は、長命を阻害するCTRA遺伝子群の活動を弱めることになるらしい。といっても何のことか分からないが、少なくとも本誌の読者は長命の気質があると言えるだろう。

●今号が176号だから、もし本誌が100歳まで生きられるとしたら、332号まで発行することになる。やっぱしこれはちょっとしんどいな。しかし、がんの克服だけは2045年と言わず一日も早く実現してほしい。いま本誌と親しい人たちが必死でがんと闘っている。

KS