●芭蕉が死の四日前に詠んだという「旅に病んで夢は枯野をかけ廻る」という有名な句があります。いろいろな解釈があるようですが、本誌流に勝手に解釈すれば、旅の途中で病に倒れてしまった。高熱が出て食欲もなく、呼吸が苦しくて眠ることもできない。うなされつつ見る夢に出てくるのはこれまで旅をしてきた各地の風景である。日光だったり最上川だったり松島だったり、訪ね歩いた土地が走馬灯のように現れては消えて行く。あの懐かしい土地を再び訪ねることはできるだろうか。おそらく無理かもしれないというあきらめと悲しい気持ちを詠んだものと解釈している。枯野は必ずしも冬の枯れ木立でなくてもいい。国語の先生がその解釈は間違っているといっても知りません。本誌はそう思い込んじゃっているんですから。

●なぜこんなことを申し上げるかといえば、本誌は創刊して30年、旅に病んでいるわけではありませんが、いろいろな土地の風景がふっと浮かんで頭の中をかけ廻ることがあるからです。本誌は一号当たり約10本のテーマを取り上げてきました。支局長やジャーナリストやライターの皆さんからお手伝いいただいておりますが、多くは発行人が直接訪ね歩いています。少なくみても訪ねた土地は1200カ所以上、お会いした方々は1500人は下らないはずです。何の脈絡もなく突然ある場面が脳裏に浮かぶのは心理学的にどんな現象なのか分かりませんが、いきなり古い写真を目の前に差し出されたような感じで、見覚えはあるのですが、思い出せないもどかしさに身もだえすることもしばしばです。

●取材を通して親しくなった方たちとは今もお付き合いしていますが、お名前も話した内容もすっかり忘れてしまった人も少なくありません。記憶というのは不思議なもので、相手の名前は忘れても、訪ねた土地の風景は記憶に刻まれるもののようです。その風景からその時のシチュエーションがよみがえってくることもあります。何となくぎくしゃくしていたとか、ほのぼのと温かい気持ちになったとかの空気感が土地の記憶と共に思い出されるのです。

●本誌にご登場いただいた人はさまざまな分野でそれなりの成功を収めた人が多いのですが、振り返ってみれば共通していることがあります。取材が一段落した時に見せる笑顔が何ともすてきな人たちだったということです。失礼ながら必ずしも美男美女というわけではないのですが、愛嬌があって人を引き付ける魅力ある笑顔の人が多かった。人生で成功するには何よりもすてきな笑顔が必要かもしれません。

●岡山市で「もんげーバナナ」を栽培している田中節三さんの笑顔も愛嬌のあるものでした。植物についてこんなことも知らないのかとあきれられましたが、丁寧に説明してくださいました。田中さんは義務教育終了が最終学歴なのですが、そういえば本誌が尊敬している人たちには大学に行っていない人も多い。内山節編集長は新宿高校が最終学歴です。根本良一前矢祭町長、本誌に広告を出してくれた「かんてんぱぱ」の塚越寛会長、イエローハットの創業者で、日本を美しくする会の鍵山秀三郎氏、コッコファームの松岡義博会長、20年以上も本誌裏表紙に広告を出してくれている馬路村農協の東谷望史組合長、皆さん大学に行っていない。この人たちと話をすれば分かりますが、いずれも優れた教養人で、世の中を洞察する鋭い感性も持っていらっしゃる。

●今、改ざんや口裏合わせ、首相案件で話題の人たちは東大法学部卒業のエリートたちです。おそらく子どものころから秀才で、教師や親や親戚から大事にされて、怖いものなしで育ってきた人たちだろうと思います。それが今や国民の大多数から哀れみとさげすみの視線を投げ掛けられている、何とも皮肉といえば皮肉です。このような公務員の劣化は日本を危うくするものだと悲憤慷慨する人がいますが、本誌はそうは思いません。日本の公務員は世界一だと思っているからです。スピード違反をして警察官に免許証に1万円を挟んで差し出しても、許してくれるどころか贈賄で捕まるのがオチでしょう。日本の公務員は潔癖なのです。

●しかし、潔癖が故に命を絶つ人まで出てきては暗たんたる気持ちになります。時代劇には、乱心した殿様のために自ら汚名を着てもお家を守る忠義の家臣が出てきますが、霞が関は江戸時代とあまり変わっていないようです。寺山修司の歌に、「マッチ擦るつかのま海に霧ふかし身捨つるほどの祖国はありや」というのがありますが、モリカケに関しては、まったく一身をささげる価値はありませんと、真面目で誠実な公務員の皆さんに強く呼び掛けたい。

●余計なことですが、本誌は謹厳実直、清廉潔白な石部金吉のような人が多い国よりも、政権が変わろうが首相が交代しようがどこ吹く風、何があっても悲観せず、国家目標よりも自分の常識のほうを大切にする人が多い国のほうが好きです。(KS