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●少し前まで、新幹線に乗る時などは親子連れの乗客とはできるだけ離れた席に座るようにしていた。目的地に着くまでに読み終えなければならない本があったり、仮眠をとらなければならない必要があって、近くで騒がれたら困ると思っていたからである。飛行機でむずがる赤ん坊のそばに座らされることがあったりすれば、身の不運を嘆いたこともある。それがこのごろでは気にならなくなった。おーよしよしと心の中で声を掛けている。ベビーカーのカバーに隠れている赤ん坊の顔を無意識にのぞき込もうとしている自分に気付くこともある。3月11日以降、幼児を見る目線が少し変わったようである。目線がやわらかくなった。震災が精神に何らかの変化をもたらしたのか、単なる老化現象なのか分からない。

●子どもを見る目線だけではない。取材で訪れる先の風景を見る目線も変わったようである。どのまちも商店街は閑散としていてわびしく、歩いている人もまばらだが、そんなまちが一層いとしいものに感じられる。夜の懇親会が終わってホテルに戻る時など、そんなに遅い時間でもないのにすれ違う人もいない静寂なまちに向かって“ガンバレヨ”と声を掛けたくなる。

人口が減少し、高齢者が増え、経済は沈滞しているけれども、それでも自分のまちに愛着を持ち、少しでも元気にしようと頑張っている人たちはいる。野球の試合でいえば8回の裏、大差がついて敗色濃厚である。それでもバントをしたり、デッドボールででも塁に出て奇跡の大逆転を狙っている人たちの努力、意地、熱意、執拗なねばりには脱帽する。このようなエネルギーはGDPのように数字では把握できないが、もし数値化できたとしたら、間違いなく世界ナンバーワンだろう。ムーディーズは地域づくりの熱心度において日本をトリプルAに格付けするに違いない。

●10年以上前に、オックスフォード大学から東京大学に留学していたイギリス人の大学院生を連れて長野県や静岡県を視察で回ったことがある。山村の小さな集落で、高齢の人々が河原の手入れをしていて、自発的に桜やツツジを植えているのを見て、イギリス人は感心していた。植えている木々に花が咲くのを老人たちは見ることができないかもしれないが、それでもせっせと手入れをしている光景に、心打たれたようである。何もイギリスだけでなく、世界各国を見渡しても、日本ほど自分たちの住むまちやむらを大切にしている国はないのではないか。そのふるさとを原発が駄目にした。本当に取り返しのつかないことをしてくれたものである。

●今年は本当に大変な年でした。東日本大震災と原発事故、長引く不況と円高、それにTPP、海外では中東のジャスミン革命とEUの経済危機、それにウォール街の若者のデモ、タイの大洪水……2011は日本史にも世界史にも特筆すべき年になりました。ギリシャでは国家破綻の危機に陥って、イタリアのお尻にも火が付いたという。いちばん安定しているドイツの国債も売れ残ったという。日本は大丈夫なのだろうか。“経済の専門家”は、日本の国債は日本人が買っていて、個人金融資産が1200兆円もあるから日本に飛び火することはないという。ほんまかいな!

誰かその1200兆円を見たことがあるのだろうか。原子力の専門家が、「原子炉は幾重にも厚い壁で覆われているから、万が一のことが起きても大丈夫です」と言っていたけれど、それがあっけなく崩壊した。金融資産も単なる神話であって、イザと言うときに探してみたらどこにもなく、「経済理論の上ではあるはずだった」と想定外を口にすることにならなければいいが。

●このような情勢の中で、『かがり火』を発行できている幸せを感じております。小誌が社会に貢献できるのは誠に微々たるものですが、少なくとも縁あって『かがり火』の読者となっていただいた皆さまのお役に立ちたいと切に願っています。これからもいたずらに悲観することなく、さりとて楽観もせず、50年後100年後の世代が少しでも暮らしやすくなるように、最善を尽くす所存です。

■130号の復刊から本誌は「かがり火発行委員会」という名称で発行してきましたが、いつまでも任意団体でいるわけにもいかないので、このほど「合同会社かがり火」を設立しました。来年2月発行の143号から、新会社からの刊行となりますが、引き続き皆さまのご支援を賜りますようお願い申し上げます。(K・S)

かがり火」No141 編集後記

●ニューヨークのウォール街を若者たちが占拠しているという。貧富の格差が広がり、失業率は一向に改善されず、ごく一部の金持ちたちが富を占有していることに怒ったのである。すぐにも飛んで行きたいと思った日本の若者も多いのではないか。本誌も彼らに満腔の敬意を表し、連帯のエールを送りたい。
若者たちはデモをしたところで、貧富の格差が簡単に縮まるとは思っていないだろう。大富豪たちが住む邸宅に押し掛けても自分たちの就職口が見つかるとは思っていないはずである。それでも黙ってはいられなくなったのだ。やむにやまれぬ気持ちで立ち上がったに違いない。このようなフラストレーションは、イギリスでも広がっているし、少し前はフランスでは暴動となって広がった。日本でも起きた。日本の場合は不幸にも秋葉原の殺傷事件というかたちだったが。
●達成目標が明確でないために抗議行動の実態が分かりにくいという批判もあるけれど、“とにかく、いまのままでは我慢できない。社会の仕組みが変わってほしい”という変化を望む強烈な意思があれば、デモには十分な正当性がある。
ウォール街のデモの現場に居合わせた中年のビジネスマンが放送局のマイクに向かって、「僕は若者たちの行動を理解できる。自分が大学を出た時は就職はいくらでもあった。いま彼らは人生の入り口が閉ざされている」と同情していた。変わらなければいけないと思っているのは若者だけではない。
●日本でも非正規雇用が増え、長い労働時間と安い賃金に耐えている若者が多い。不満を言えば、“いつ辞めてもいいんだよ。代わりはいくらでもいるんだから”と冷たい罵声を浴びせられる。こういう社会がいいはずがない。
彼らのデモを見ていると、『かがり火』が主張してきたことは間違っていなかったと思う。限りない経済発展を軸に、いつまでも社会を繁栄させていこうとするのは無理があるのである。アメリカの若者たちは、特定の政党、政策に抗議をしているわけではない。理不尽な状況に異議を申し立てているのである。“変わらなければいけない何か”を模索して行動を起こしているのである。
●首相が交代したら、“脱原発”の方向が何やら怪しくなってしまった。なし崩しに再稼働の方向に向かいそうである。原発推進派の人たちは、エネルギー不足になれば工場の操業に影響を与え、輸出が鈍り、国際競争力を失い、失業者がはんらんするとおっしゃる。景気がいまより悪くなって、若者たちの雇用に影響を与えるだけでなく、現役の社員までリストラされるようになるといわれれば、原発に反対している人たちも委縮する。これはある種の恫喝である。原発がなくなれば、本当に失業者がはんらんするのだろうか。
経済界のお偉方は当然ながら企業の収益が減退することを恐れる。経済同友会の代表幹事の方が、国内の事業環境は六重苦にあえいでいると言っていた。「円高」「高い法人税」「自由貿易協定への対応の遅れ」「製造業への派遣禁止などの労働規制」「環境規制の強化」、それに「電力の供給不安」である。
「円高」は仕方がないにしても、その他の項目を「苦」ととらえるのは、見方によっては反社会的である。企業は反社会的でなければ発展しないということを告白しているようなものだ。東電が「原発は安全」という神話を信じ込ませるためにあらゆる手だてを駆使して国民を洗脳してきたのと、原発がなくなれば失業という論理はどこか似ている。
●「日本は狭い国土で資源のない国だから、原料を輸入して、それを加工した商品を輸出するしか生きる道はない」という国家の基本方針を小学生のころから教え込まれた。ほとんどの国民は、この教えに一片の疑問も差し挟まなかった。確かに日本は狭い、確かに日本から石油は産出しないし、近年話題のレアアースなどの産出もない。反論する余地のない正論と思ってきた。しかし、この国家の基本方針を絶対的正義と見なすことで、もっと別な、国のありようもあるのではないかと考えることまで封じ込めてきたことは問題であった。
●いまの若者たちの追い詰められた状況を見れば、もっと違う国のかたちも検討してみなければならなかったのである。例えば、日本国民はすべて無農薬無化学肥料の農産物を食する農業国家としての成立を研究すべきだったし、かつて井上ひさし氏が小説『吉里吉里人』で提唱していたように医療の最先端国家として生きる道もあったのではないか。教育を軸として社会形成を考えることもできたのではないか。
●日本はあまりにも工業化社会に傾斜した国をつくってしまった。このままでは、いま保育園や幼稚園に通っている子どもたちが大学を出るころになっても、就職がないということになりかねない。それではどうしたらいいのか。本誌は繰り返し主張しているように、日本の伝統的社会の中で培われてきた思想の中に、大いなるヒントがあると思っている。近江商人の三方よし(売り手よし、買い手よし、世間よし)があるし、二宮尊徳の報徳の思想もある。自利は利他なりの仏教の精神も、石田梅岩の石門心学も、そして内山哲学もある。新しい社会を切り開く思想に不足はない。(K.S)

「かがり火」No140 編集後記

●8月15日の終戦記念日の前後には戦争をテーマにしたテレビドラマが放送されることが多い。女性はモンペ姿でおかっぱ、男性は国民服で丸刈り、皆、胸に名札を縫い付けて出てくる。江戸時代と違って、昭和のことだから時代考証もしっかりしていて、セットの大道具小道具などは当時の状況をかなりよく再現している。しかし、シナリオが悪いわけでもないのに、どうにもドラマにリアリティーがない。満足に食料が手に入らなくなった時代を演じているのに、俳優も子役も栄養満点で肌もつやつやしている。顔に煤を塗ったぐらいでは、当時の日本人にはなれない。いまや日本人が日本人を演じることが難しくなってしまった。
●少し前までは、どんな下手な俳優でも軍服さえ着せれば兵隊の役だけは立派に演じることができると言われていたが、いまや軍服も日本人に似合わなくなった。顔つきも体型もすっかり変わってしまったのだ。しかし、悲しいかな精神のほうはなかなか変われない。昨年、亡くなった母は最期までリンゴは買ってもバナナには手を出せなかった。養老年金ももらっていたはずなのに、バナナは高価なものという意識が脳の中に刷り込まれていたのだろう。その血を受け継いで本誌もモノを捨てることができない。受信トレイや送信済みアイテムに膨大なメールがたまっても捨てられない。そのうちに役に立つ時が来るかもしれないと考えて削除できないでいる。おかげでパソコンのスピードは遅くなるし、時々、メールは受信不能に陥る。
●兵隊といえば亡くなった父は30歳を過ぎてから徴兵され、二等兵としてニューギニアに出征した。ちょうど同じころ、「ゲゲゲの鬼太郎」の水木しげる氏もニューギニアにいたはずである。父は銃を一度も使用する機会はなく、密林の中を逃げ回っている間に終戦となり、マラリアにかかって米軍の捕虜となった。戦後、奇跡の生還をした戦友たちは毎年、靖国神社に参拝し、戦友会を開いていた。九段会館で開かれていた集まりをのぞいたことがあるけれど、小説や映画に出てくる場面とは違って、天皇陛下を口にする人はいなかった。戦争指導者を非難する人もいなかった。野生のブタを捕獲するためにどんなワナを仕掛けたか、自決するために渡された手榴弾を川に投げ込んで魚を取った話や、その魚を食って猛烈な下痢をした話でわいわいがやがや盛り上がっていた。まるで探検旅行の思い出話に興じているようでもあった。戦友たちの職業はほとんどが農業だった。この人たちが田んぼに立って、稲作の出来を心配している姿は容易に想像できたが、銃を持って戦闘している場面を想像するのは困難だった。
●なでしこジャパンの活躍は素晴らしかった。決勝戦での沢選手のシュート、岩清水選手の身体を張ったスライディング、PK戦になった時の海堀選手の右足など、何度見ても気持ちがいい。しかし、いただけないのは凱旋した後のテレビ局のインタビューである。どのテレビ局も祝福の度を越して、“恋人はいますか”“結婚は望んでいますか”などと質問していた。勝負服としてどんな下着を着けていたかなどを聞いていた司会者もいた。彼らは、視聴者が聞きたいことを代わって聞いているだけと答えるだろうが、国民の多くはそんなくだらないことを知りたいほど下品ではない。勝利の栄光を汚すのはテレビのような気がする。
●今度の原発事故では専門家といわれる人たちの信用が失墜した。しかし、冷静に考えれば、いや、冷静に考えなくても、これからも国民は専門家に頼らざるを得ない。いまさら素人がいくら勉強したところで、原子力の専門家になれない。信頼できる専門家だけの話を聞くことができればいいのだが、どの専門家が正しくて、どの専門家がマユツバなのかという判断さえ難しい。われわれは事故が起こってから騒ぎ立てるのではなく、せめて普段から関心を持って注目していくしかない。
●日本人は学者や博士という肩書のある人たちに対して、実像以上のイメージを描く傾向があるようだ。野球やサッカーの選手、音楽家や画家や作家などには、熱心なファンになったとしても、その領域を超えてまでの過剰な期待は持たない。しかし、頭脳を使う人たち、学者や博士たちには本来の能力以上に、過大に評価し、恐れ入る傾向がある。つまり、買いかぶる。彼らはそれを、葵の御紋の付いた印籠代わりに利用して振る舞っている。専門家の頭脳に敬意を払うのは当然だが、拡大解釈するのは時として危ないことになる。
●陸前高田市の避難所でお会いした方から礼状が届いた。全員が仮設住宅等への入居が完了して、避難所が閉所されたという報告であった。
“全国の皆様から寄せられた善意とお励ましを糧とし、絆を一層強めて、陸前高田市の一日も早い復興に向けて努力してまいります。
皆様から頂戴したご恩も決して忘れず、後々の世代にまで語り継いでまいります”とあった。
こちらは大したこともできなかったことを恥じ入るばかりだが、被災者の方たちのここまで礼儀正しく、誠実なこころに日本再生の光を見る思いだった。(K・S)

かがり火」No139 編集後記

●危機的な状況にあっても、沈着冷静でお互いに譲り合って節度のある行動を取った被災者たちは世界の国々で絶賛されたという。確かに海外の大事故のニュースでは、両手を振りかざしながら絶叫し、髪を振り乱して号泣している姿が映し出される。日本人は悲しみを表に出さず、心の奥深いところでじっと耐える心性を持っているのだろう。
●その国民性が、ある避難所では違ったかたちで発揮されていた。東電の社長が土下座して詫びていたところへ、避難者がつかつかと寄ってきた。随行しているスタッフも、取材していたマスコミも一瞬緊張したに違いない。その避難者は、「やっちまったもんは仕方なかっぺ。社長さん、そいでいつごろメド立つの?」と話し掛けたのである。社長さんは無言であった。
 この人は原発の事故も、まるで居眠り運転のトラックが、他人の屋敷に飛び込んできた程度のものと考えているのか、あぜんとするほど寛大だった。東電をとっくに許していたのである。
●避難所での優しさはまだある。テレビ局が入れ代わり立ち代わり押し掛けて、避難している人にマイクを向ける。家族の誰を喪ったのか、家に戻れる可能性はあるのか、暮らしをどう立て直すのか、聞いている。答えようがない質問にも「ウルサイ!帰れ!」と怒鳴る人はいない。大抵の人は、とつとつと生活の不安と厳しさを語っている。レポーターは執拗に質問を続け、被災者がハンカチで目頭を押さえると、しめたとばかりにカメラはアップで撮影する。被災者は何もそこまでテレビ局にサービスしなくてもいいのに。
●寛大で優しい心は日本人の誇りともいえるものだが、原発を国策として推進してきた人たちにとっては誠に都合が良く、御しやすいものだったのではないか。前号でご紹介したように、原発を推進する人たちの宣撫工作に敢然と反対し、抵抗した四万十町の島岡幹夫さんのような人もいるけれど、大多数の日本人は国策にはおおむね従順だった。為政者は、国民の優しさを逆手にとって統治してきたとも言える。おそらく太平洋戦争も、そんな国民性が巧みに操られて開戦に至ったに違いない。
●今度の大震災は、日本人が原点に立ち返ってもう一度暮らしのありようを考える機会であると提言する人は多い。しかし、立ち返る原点がそれぞれ違うようだ。大震災前の暮らしを原点と考えている人もいるし、高度経済成長期に入るころを原点と考える人もいる。貧しかった戦前を原点と考えている人もいる。どうやら「あなたが考える原点はいつのころのことでしょうか」というところから議論を始めなければいけないようだ。
●専門家といわれている人たちが、高台に住宅を移転させてエコタウンをつくる、太陽光発電を各家庭で持つようにするとか、さまざまな復興プランを発表している。復興債はこうだ、税制はああだ、特区はこうだ、医療はああすると、いろいろおっしゃるけれど、少しも暮らしの原点に立ち返っていない。
もしフーテンの寅さんが生きていたら、「先生方、ちょっと違うんじゃないのかい」と言ったと思う。
「いろいろ難しいことを言う前に、先生だって、日本人に生まれてよかったなあと、心の底からしみじみ思う瞬間ってあるだろう。その瞬間を考えることが先なんじゃあないのかい」
 ああ、寅さんが懐かしい。
●日本人の国民性は世界に称賛されるにふさわしいと思うけれど、危機的状況にあってなお足の引っ張り合いをしている政治家たちは、どうでしょうか。あんまり称賛されないんじゃないか。サッカーの長友選手や内田選手は「日本の強さは団結力なんです」とか、「日本は一つのチームなんです」と言っているのに、国会を見ていれば、団結力はないし、一つのチームどころかみんなバラバラだ。
●作家の村上春樹さんは、スペインのバルセロナで行われたカタルーニャ国際賞の授賞式でいいスピーチをしている。こんな一文があった。
「壊れた道路や建物を再建するのは、それを専門とする人々の仕事になります。しかし損なわれた倫理や規範の再生を試みるとき、それは我々全員の仕事になります。我々は死者を悼み、災害に苦しむ人々を思いやり、彼らが受けた痛みや、負った傷を無駄にするまいという自然な気持ちから、その作業に取りかかります。それは素朴で黙々とした、忍耐を必要とする手仕事になるはずです。晴れた春の朝、ひとつの村の人々が揃って畑に出て、土地を耕し、種を蒔くように、みんなで力を合わせてその作業を進めなくてはなりません。一人ひとりがそれぞれにできるかたちで、しかし心をひとつにして」(毎日新聞のホームページより)
 さすが国際的に人気のある作家だなあ。いいことを言う。(K・S)

かがり火」No138 編集後記
●帰宅難民となった大地震の翌日、家人に言われて単三の乾電池を買いに出た。スーパーストアにもコンビニにも量販店にもなかった。“あなたってこんな時本当に役に立たない人ね”と言われるだろうと思いながらの帰り道、ある家の前を通ると、その家の主婦が花壇に水をやっていた。テレビでは阿鼻叫喚の場面が映し出されているだろうに、その人は日常性の中にあった。
●あの瞬間、被災した人たちは何をしていたのだろう。そろそろ子どもが帰ってくるころだからおやつを作らねばいけないと考えていたお母さんもいただろう。好きな音楽を聴いていたり、漫画に夢中になっていた子どもたち、近所の人と立ち話をしていたおばあちゃん、みんな日常性の中にあったのである。それが、あの瞬間、根こそぎ持ち去られてしまった。日常性が遮断されることがいかに残酷なものであることか。
●今度の地震で日本人はさまざまなことを考えている。“我欲”と言わないまでも、これまでの暮らしを見直すべきだと考えている人は多い。エネルギーを使い放題使って、繁栄を享受してきたのは間違っていたと反省している人もいる。
本誌もその中の一人だが、何かが間違っていると感じていても具体的にその間違いを正すことはできなかった。改革も決断もできず、日々流されていた。
しかし今は反省している人が多いけれど、時間がたてば反省も薄まるのではないか。“このぐらいはいいんじゃないか”“自粛はしなければいけないが委縮してはいけないし・・”“このままでは国際競争力に負けるから地震前に戻るべきだ”“フランスは原子力大国なのに安全にやっている”。
 ●“原発事故はあくまでも事故であった。想定外だから壊れたのだから、次はマグニチュードがたとえ10でも15であっても壊れないものをつくれば大丈夫だ”“原発事故や震災を神や仏や、日本人の精神や暮らしのありようと結び付けて考えるのは科学的ではない”と考える科学者もいるに違いない。“原発を拒否してエネルギーのない生活に耐えられるのか。経済活動が鈍り、工場がストップして物不足になり、不況に陥り、失業者があふれてもいいのか”と主張する経済評論家もきっと現れるに違いない。
信じられないことだが、大地震の翌週には、テレビではお笑いタレントが裸になってふざけていた。ニュースでは深刻な現地の情報をレポートしていながら、その後には例によって騒々しいお笑い番組を放送していた。
つまり、日本人はちっとも反省していないのである。日常性を保つことが大切だということは、あの愚劣な番組をいつもどおり放送することだったのだ。本誌は科学的でないから断言するけれど、神様がこの状況を見ていないわけはない。冷静にじっとわれわれを観察し続けているのだ。本当に反省し、悔い改め、謙虚に新しい生活を歩み始めるならば、原発事故を終息の方向に向かわせてくれるだろう。しかし、打算が見え隠れし、心のどこかに甘さと驕りが残っているならば、再び神様の逆鱗に触れ、新たな事故や災害に遭わされるかもしれない。
●そうなったらいよいよ『日本沈没』である。外務省や厚労省はひそかに1億3000万人の受け入れ先を各国に打診しなければならない。国連加盟国192カ国といっても何カ国が受け入れてくれるだろうか。
それに1億3000万人の脱出は大変だ。世界中の飛行機と船舶をかき集めても輸送するにはえらい時間がかかる。かつては観光で訪れた国に難民として移住する身の上に涙を流すおばさんたちもいるだろう。
●どこの国でも条件なしに誰でも受け入れてくれるわけではないだろう。その国に役立つ人間から来てほしいというだろう。そうなれば農業や漁業のベテランは歓迎されるに違いない。大工や左官やとび職の人たちもウエルカムかもしれない。料理人や庭師やマッサージ師も歓迎されるだろう。反対に、政治家や評論家やコメンテーターとかいう人種はノーサンキューだろう。たぶん、本誌なんかも優先順位は最下位のほうに入れられるに違いない。
出国する人間の希望は聞いてくれるだろうか。アメリカに行きたいというのに、政情不安な国やいろいろな危機を抱える国などに回されないだろうか。希望の多い国は抽選になるのだろうか。手荷物は何キロまで許されるだろうか。
日本人は、その時になって地震や津波があったにしても、日本は美しく住みやすい国だったことを知るだろう。幾多の大災害をくぐり抜け、困難と折り合いをつけて生き延びてきた。何でも自由に話せて、お互いに助け合って暮らしてきた。それがここ数十年で変質してしまった。諍いと驕慢と慢心が生じてしまった。
しかし、流浪の民となったその時に反省が足りなかったこと後悔しても手遅れなのだ。一度国外に出たら生きて再び日本には戻れない。国破れて山河ありというけれど、山河もなくなってしまうのだ。
●そうならないために、神様にわれわれの反省と恭順を知ってもらうための暮らし方を始めなければならないと思う。この一年が勝負のような気がする。(K.S)

かがり火」No137 編集後記
●三宅島に行ってきた。強風のために帰りの「さるびあ丸」が接岸できず、一泊二日の予定が二泊三日になった。朝晩の食事は民宿で取ったが、昼食は二日続けて「さぶちゃん」という定食屋さんに入った。この店が結構混んでいたのである。冬だから観光客は少ない。お客さんのほとんどは作業服姿で、土木工事などの現場で働いている人たちだった。
島はいま、復興のための電力や道路や通信などの工事が進んでいる。いわゆるインフラと呼ばれている公共事業である。公共事業があるから「さぶちゃん」が繁盛する。「さぶちゃん」が繁盛すれば、店に食材を提供する漁師は漁に精が出るし、農家も野菜を育てる張り合いがある。「コンクリートから人へ」というキャッチフレーズは拍手で迎えられたが、公共事業にもいい公共事業と悪い公共事業があるのである。すべてのコンクリートが悪いわけではない。日本人は極端から極端に走りがちだから、注意しなければいけない。
●国会中継をめったに見ないのは、見ると暗い気持ちになるからだ。党首討論も熟議というものには程遠い。あれはボクシングなどの試合で、相手の傷ついた個所を執拗に攻撃する戦術に似ている。民主党は攻撃されればされるほど、敵愾心を燃やすだろう。その敵愾心は前向きには働かず、「もし再び野に下ることになったら、この恨み晴らさでおくものか」という怨念だろう。自民党が政権を取った時は、また同じような場面が繰り返されるに違いない。嗚呼!
●奈良県野迫川村の松原佳史さん(役場職員・本誌支局長)が上京した。彼の話によると、村の人口は520人、役場職員は約30人。松原さんは住民課で、生活保護などの社会福祉、虐待防止の児童福祉、それに水道管理などを担当、他の職員と一緒にゴミ収集も担当している。ゴミ収集は業者に委託するのではなく、役場職員が月に1回、自ら4トン車などを運転して14集落を回る。生ゴミは収集しない。各家庭で自分の畑などに埋めて堆肥にしている。夜中に急病人が発生した場合は、宿直職員が赤色灯を回しながら患者輸送車で搬送する。
今年の4月、小学校に入学する新一年生はいない、五年生も欠学になるという。小さい村だから不便なこともあるけれど、利点も多い。松原さんは村民全員の名前と顔を覚えていて、家族構成も熟知している。人と人の濃厚なつながりの上に、村の暮らしが成り立っている。
●松原さんは、日本はどこに住んでも同じ行政サービスを受けられるという精神でやってきたが、そろそろ“全国一律”という発想を転換する時ではないかと言う。例えば法人税5%の減税が話題になっているが、これなどは野迫川村にほとんど関係がない。法人がないからだ。それならいっそ、これから野迫川村に本社を置こうという法人は無税にしてほしいという。バハマやケイマン諸島はタックスヘイブンで大企業を呼び寄せているけれど、過疎町村もタックスヘイブンにしてもらいたいというのであった。荒唐無稽と一笑に付してしまえばそれまでだが、「全国一律」という発想が、政策の硬直化を招いているのは確かなことだ。
●過疎地域では、小学校や中学校の統合が進んでいるけれど、これ以上の統合が進むと、小学生から下宿生活をしなければいけなくなる。松原さんは、その時に備えて、寺子屋復活をいまから準備したらどうだろうかと言う。引退した村民の中には、実際の教師以上に教えることに優れている人もいるはずだと言う。教育も、地域ごとに特色があってもいいという意見だった。
●彼の意見は、相当にリアリティーのある話だと思う。何しろ平成47年には日本の人口は1700万人少なくなって、約1億1千万人になると人口問題研究所は予測している。多少の誤差はあってもこれと近い数字になるのだろう。1700万人減っても、日本は依然として人口大国であることに変わりはないけれど、社会の仕組みを根本的に考え直さないといけない。子ども手当や高速道路料金などでもめている場合ではない。人口減少下の社会システムをどうするのかは、切迫している課題である。
●国家の強みとは何だろう。GNPでも貿易収支でも外貨準備高でもなく、あるいは国債の格付けでもない。その民族が長い歳月をかけて築き上げてきた精神のありよう、つまりは
物の考え方ではないか。中国にGNPで追い抜かれた程度でがたがたしているのはナンセンスだ。日本が古くから継承してきた文化と暮らしのかたちが崩壊する時、本当の国の衰退につながると思う。(K.S)

かがり火」No136 編集後記

●このごろ反省していることがある。本誌は、“過疎化”“高齢化”“閉塞感”“低迷”というような語彙を枕詞として安易に使い過ぎているのではないかということだ。言葉には言霊というものがあって、いったん口にしたり、文字に書いたりすると何かしらのリアリティーが発生してしまうというから、より慎重にならなければいけないと自戒している。
●“シャッター通り”という言葉もその範疇に入る。確かに、地方都市の中心市街地を歩いていて、行き交う人が少なければ寂寥を感じる。しかし、その寂寥感というのは商店街が人であふれ返っていた時代の記憶があるからで、生まれてからずうっと静かな街に育っていたなら、寂しさを覚えることもないだろう。
●日本は戦後から高度経済成長期を経て、2006年にピークに達するまで人口は右肩上がりに増え続けてきた。本誌は、物心ついた時が高度経済成長の始まりだったから、群衆に突き当たりながら成長したようなものである。映画館は扉が閉まらないぐらい観客で膨れ上がっていたし、動物園も遊園地もデパートもいつもごった返していた。中学生のころの一クラスは50人近くいた。どんな場面も黒山の人だかりと一緒にあったのである。だから、がらがらの映画館や電車に遭遇すると、“みんなどこに行ってしまったんだろう”と不安になることがある。人口減少時代に対応するためには、まず人の少ない風景に慣れることが必要なのかもしれない。
●しかし、どこに行っても群衆にぶつかるというのは、中国やインドや東南アジアの国のことで、ヨーロッパなどでは何時間車で走っていても人を見掛けない地域もあると聞く。フランスの人口6540万人、ドイツ8170万人、イギリス6150万人、イタリア5980万人、カナダ3350万人、G8のサミットに参加している国で、日本より人口の多いのはアメリカとロシアだけなのだ。日本よりも人口が少ないフランスやイギリスの田舎の人々が、寂しい気持ちで暮らしているとは思えない。
●というようなことを言っていれば、何を能天気なことを言っているのだ、来春大学卒業予定者で内定が決まっていない学生が16万人もいるのだぞと怒られそうだ。しかし、本誌は何もそんなに深刻に考えなくてもいいではないかとも思っている。パラサイトであれ何であれ、成人しても親と同居できるのであれば、昔の大家族のようであるし、それはそれで新しい団らんのかたちではないか。
●大学を出ても就職できないのは何も今だけではない。昭和5年のころの景気もどん底で、大学生の就職率は55%だったらしい。小津安二郎監督は『大学は出たけれど』という映画を作っているぐらいだ。こういう状況について、何も泣き寝入りして我慢しろというわけではない。今は時代の端境期だから、新しい発想が必要だと思うのである。1億2700万人に合わせた経済システムをつくってしまったから、急に1億人までしぼめば、当然ながら経済にたるみができてしまう。皮とあんこの間がゆるゆるになったまんじゅうのようになってしまう。購買力が減って、生産力が落ちる、税収も減るということになる。しかし、人口が減っているのだから需要も減る。減った人口に合わせた新しい需給のバランスを再構築すればいいのだ。
●仮に、人口増加のいろいろな政策が成功したとしよう。それで人口が増えたとしたら万々歳か、そんなことはあるまい。今だって、はち切れる寸前まで膨らんでしまった風船のような社会に生きているのだ。もし、人口があと1000万人増えたとしたら、1000万人減る以上に、そのしわ寄せは深刻だろう。
●それにしても昨今の政治は、ちょっとひどい。当分は政治に何も期待できそうもないから、国民が知恵を出すしかない。今さら、民主党にはがっかりしたといっても始まらないし、自民党に政権を戻したいとも思わない。尖閣問題がどうの、子ども手当や高速道路料金がどうのという問題のはるか以前の問題で、党の代表が前の代表を、“どうだ今夜一緒に飯を食おうや”と気軽に誘えないというのはどう考えてもヘンだ、まるで外国の元首を訪問する時のような手続きが要るらしい。こんなヘンな政治に期待していては、むなしくなるだけだ。
●間もなく2010年も終える。今年も忘れられない多くの人に出会った。不思議なことだけれど、『かがり火』で取材する人たちは政治の不満は口にしない。不満はあるのだろうけれど、口にしても仕方がないことは口にしないということだろうか。
 132号の長崎県江迎町の林由美子・拓生さんの親子は、今日も軽トラに乗って、放牧している豚にエサをやっているだろうか。133号の北海道滝上町の「陽殖園」の高橋武一さんは、冬期のために閉園した山で花木の剪定や草花の移植をしているだろうか。
 そして同号の静岡県の袋井市で72歳から新規就農し、今年82歳になる木船光章さんは、今日も畑に出ているだろうか。木船さんから教わったイギリスの天文学者ジョン・ハーシェルの言葉は、何よりも本誌のこころの支えになっている。
 “We will do our best to leave the world better than we found it.”
“自分が生きた世界よりも少しでもましな世界を自分の後の人に遺すためにベストを尽くそう”   (K・S)

かがり火」No135 編集後記
●「地域力」を手掛かりに日本の再生を図ろうというのが本誌の編集方針ですが、最近の地域はイノシシだけが元気です。今年はクマの出没も頻発していますから、そのうち山里は、獣たちに占拠されてしまうかもしれない。というのは冗談ですが、地域力は確実に弱くなっています。何しろ、地場産業が青息吐息なんですから。陶磁器も繊維も、漆器も家具も仏壇も染めも洋食器もすべてが息絶え絶えです。地場産業の衰退は、地域経済の衰退だけにとどまりません。その地域の暮らしのスタイルは地場産業と密着していましたから、産業がおかしくなれば自信も喪失するし、生活の仕方も変わる。物の考え方も変わってしまいます。
日本人は、好奇心が旺盛で、異質な文化を取り入れて、換骨奪胎するのが巧みでした。その巧みさが結果的に自分たちの首を絞めることになってしまったようです。
●市場経済は私たちに豊かさをもたらしました。でも自然界でブラックバスやカミツキガメなど外来種が、日本の在来種を駆逐しているように、市場経済は日本の伝統的な暮らしの様式を壊してしまったとも言えます。本来、暮らしというものは保守的なもので、日々新しいものを取り入れて変化するのは、本当の暮らしではないような気がします。第一、忙しくってたまらない。
日本人の適応力は、際限なくあらゆるものを取り入れてしまい、とうとうハグという、日本人にはなかった親愛の情を表すしぐさまで取り入れてしまいました。ここまで許容範囲が大きくなくってもいいのに。
●突然ですが、ここで提案です。本誌は“文芸復興”という国民活動を展開することを提案したいと思います。文芸といっても芸術関係だけではありません、暮らしのすべて、精神的なありよう、物の考え方やしぐさ、言葉と話し方も含めて、昔の日本を見直すべきだと言いたい。何百年何千年と続いてきた生活様式をいとも簡単に変え、あるいは捨象してしまう民族ってほかにあるでしょうか。
何もパンやパスタを食わずに米を食え、洋楽をやめて浪花節を聴けなんて言っているのではありません。昔から日本に伝わってきたものをもう一度再評価しようという提案です。私たちはいまさら茅葺きの民家に住むわけにはいきません。しかし、山と木と自分たちの暮らしの関係を考えることはできます。
●私たちにいちばん求められているのは、生活の多様性を容認しつつ、伝統的な日本の精神を守るという知恵のような気がします。いまさらテーブルの生活をやめて畳の暮らしに戻るわけにはいきません。フローリングというものが定着したのは、日本人がこころのどこかで待ち望んでいたからでしょう。水洗トイレもポットンに飽き飽きしていたから生まれたもので、生まれるべくして生まれた商品です。しかし、明らかに捨ててはならないもの、忘れてはならないものをわれわれは忘却してしまった。
●日本人の伝統的精神をいえば、すぐアナクロと決め付ける人がいます。あるいは武士道のほうへ話を持って行きたがる人もいます。そうではなく、そんな勇ましい話ではなく、営々と名もなき庶民が継承してきた暮らしの知恵と習慣を取り戻そうということです。「おばんでがんす」というあいさつひとつだっていいんです。軍艦マーチが聞こえてくるような精神を言っているのではありません。
●何でも“力”をつければいいってもんじゃありませんが、議論力も明らかに劣化していると思いませんか。われわれは言論の自由な国にいるのだから、何でも話し合えるようですが、実はそうではありません。予算委員会などで討論をしているようにみえるけれど、あれは一方的に相手を非難しているだけです。パネルディスカッションというものがありますが、あれもなかなかディスカッションに至りませんね。パネラーが順番に持論を開陳して終わりというケースが多い。政治家の出るテレビのワイド番組などは、ほとんど瞬間芸を競っているようなものです。短い時間にいかに気の利いたことを言って笑いを取るかに腐心している。
●なぜ議論をしなくなったのか。まじめに討論することがダサイという風潮がまん延しているからではないでしょうか。日本人は議論をして、しこりが残ることを必要以上に怖れます。KYさんと呼ばれることが最大の屈辱と思うようです。だから、かなり重要なことでもさらっと軽く流すのが利口ということになってしまった。コトを荒立てたり、座をしらけさせることを心配するあまり、波風を立てず、何でも丸く収めようとする。つまり“粛々病”にかかってしまったのです。
●先日、あんまり盛り上がったとも思えないセミナーで、隣の人がしきりに拍手をしていたので、“満足なさいましたか”と聞いてみました。その方は、“いや、全然。しかし、日本で本音を語るのは犯罪です”ときっぱりおっしゃった。日本人はかくもおくゆかしいのか。
フランスやイタリアの演奏会などでは、聴衆を満足させることができなかった演奏家には拍手がないと聞きます。ブーイングが飛ぶこともあるようです。日本ではどんな舞台でも幕が下りる時に拍手しないことはない。明らかに盛り上がりに欠けていたとしても拍手する。拍手しないことは大変失礼だと考える日本人と、拍手は相手の技量に対する評価と考える西洋人の違いでしょうか。相手の気持ちを忖度し、おもんばかるのは日本人の美徳ですが、言いたいことを言わずに流れに身を任せていれば、日本の閉塞状況はもっと進むだろうと思います。多少はもめても議論を重ねることが大事なのではないかと思うきょうこのごろです。(K.S)
かがり火」No134 編集後記

●旅先のホテルで、偶然見たテレビが面白かった。NHKの「みんなでニホンGO!」という番組だった。スタジオに集まったゲストたちに、長嶋選手が後楽園球場の引退セレモニーで言った有名なセリフは、「巨人軍は永遠に不滅です」か、それとも「巨人軍は永久に不滅です」かのどちらだったでしょうと聞いていた。圧倒的に「永遠」と答える人が多かった。熱烈なジャイアンツファンで知られる徳光和夫アナウンサーも「永遠」と答えていた。ところが実際に当時のビデオで確認してみると、長嶋選手は「巨人軍は永久に不滅です」と言っていたのである。この思い違いに番組の出演者たちは驚いていたが、当時の多くの新聞や雑誌までが、圧倒的に「永遠」と書いていたのである。世紀の大誤報にもかかわらず、関係者の多くは気が付かず、読者からのクレームもなかったという。巨人軍を応援しているスポーツ新聞でさえ「永遠」と書いていて、当時の編集者が「不思議だなあ、活字になるまでは何人もの人間がチェックしているのに、全員が見逃していたとは・・」と愕然としていた。
●後楽園球場に詰めかけた数万人の観客と、テレビ放映では何百万人もの視聴者が見ていたはずなのに、世間には誤ったセリフのほうが流布し定着してしまったのだ。正しく「永久」と記憶していた人もいたが少数派だった。「永遠」と記憶していたゲストたちは、「永久よりも永遠のほうがすんなり受け入れやすかったから」と弁解していたが、どうにも不思議で不可解な現象である。
番組ではもう一つの例を提示していた。
 マラソンの有森裕子選手が、アトランタオリンピックで銅メダルを獲得した時の「自分で自分を褒めてあげたい」というセリフである。流行語にもなったこの感動的なセリフを国民は熱い共感を持って受け入れたが、日本語に詳しい専門家は言葉として正しい使い方ではないと評論していた。番組ではアナウンサーが直接、有森選手を訪ねて、なぜ「褒めてあげたい」と言ったのかただしていたが、有森選手は、「私はそうは言っていません」と言うじゃありませんか。スタジオのゲストたちは、ええっ?という顔をしていたけれど、当時のビデオを再現してみると、日の丸の旗を持った有森選手は、
「終わってから、どうしてもっと頑張れなかったんだろうというレースはしたくなかったし、今回は自分でそう思ってないし・・、初めて自分で自分を褒めたいと思います」と言っていたのである。バルセロナオリンピックの銀メダルに続く快挙に多くの国民は、感動のあまり取り違えてしまったのだろうか。
●このことからいろいろな教訓を引き出すことができる。長嶋選手や有森選手のケースとは違うけれど、新聞や雑誌に取材された人から、「話したことと違うことを書かれてしまった」という不満を聞くことがよくある。何もマスメディアは取材相手の言い分をそのまま書かなければならないということはないが、事実を増幅して、あるいは過小評価して書くことは良くあるようだ。
●本誌は取材相手の言ったことを正しく伝えているかどうか、常に自戒しているが、正直に告白すると、時々、取材相手が話していないことをつい無意識に書いていることがあって、ヤバイヤバイと慌てて書き直すことがある。これは相手の言い分よりもこっちが書きたいことを優先してしまうからだ。取材した人物をより良く紹介したいという過剰サービスの気持ちが働いてしまう場合が多い。また、自分の書く原稿のストリーに事実のほうを合わせようとする心理が働く場合もある。だから本誌は常に冷静に客観的にと注意しているのだが、客観的過ぎると原稿が平板になり、少しも面白くない文章になるので、ここのところの案配が難しい。
●何年か前の大相撲の千秋楽で、小泉元首相が武蔵丸を破った貴乃花に賜杯を渡すとき、「感動した!」と絶叫して拍手喝采を浴びたことがあった。あれはあの場面で小泉元首相だからこそできた芸で、他の首相だったら「もっと違う言い方はないのかね。ボキャブラリー貧困だね」とケチを付けられていたはずだ。
●取材した相手に感動すると、当然、その感動を読者にも伝えたいと思う。しかし本誌は小泉元首相ほどの能力はないので、「感動した」と書いて読者を感動させることはできない。「感銘した」「陶酔した」「胸を打たれた」「目頭が熱くなった」といろいろ考えたり、「感動した」と書かずにその気持ちを伝えることはできないかといろいろ悩むわけだが、能力不足と時間不足で、最後は「作家じゃないんだし……変に文学的表現をすれば臭くなるばかりだし・・時間もないことだし・・まあいいか」と妥協して先に進むことになる。
●自慢に聞こえて嫌みと思われるかも知れないが、取材した方から「私の気持ちをよく書いてくれた」と感謝されることがある。考えてみれば、これにも危うさがいっぱいある。ご本人が自分の言葉では言い表せなかったことを、こっちが勝手に忖度、推量して言葉を補っていくわけだから脚色しているということにもなる。ある意味では微妙なところで創作しているわけである。面白い原稿を書くことと、勝手に取り違えることは紙一重だということになるので、少なくともそういうことを十分に意識し、わきまえて取材することだと言い聞かせている。
●しかし、少なくとも『かがり火』は信用してもらってもいい。本誌で紹介した人物に読者諸氏が会いに出掛けて、「書いていることと、違うじゃあないか」と落胆することは滅多にないはずだ。事実を正確に、本質をズバッとつかみ取って分かりやすく伝える能力には甚だ不足しているけれど、偽装はありません。
ただ、取材で入手した情報の中に、真実ではあるけれども、活字にはしてはいけないということは、しばしばあることだけはお断りしておかなければなりませんが……。
(K・S)

かがり火」No133 編集後記

●5月末になって樹氷ができるのはいかに北海道でも異常気象ということだったが、6月に入ると天候は回復し、取材地を移動するドライブはシラカバやカラマツの林が美しく、快適そのものだった。運転は道路を熟知している本誌支局長だから安心していられるし、昼は地元の人しか知らない、とっておきの店に連れて行ってくれるし、昨年のいまごろ休刊の案内を出していたことを思えば、まるで夢のようであった。
●滝上町のホテル「渓谷」のフロントで、宿泊票に住所、氏名、職業を記入していると、カウンターの中から“読んでますよ”と声を掛けられた。おそらく支局長の竹内正美さんが購読を勧めてくれたのだろうけれど、誠にありがたく、うれしかった。今回の取材では、行く先々で声を掛けていただいたが、つくづく少部数でありながら、活字の存在感というものを感じた。大新聞や全国放送のテレビの記者でも、“読んでますよ”“見てますよ”と声を掛けられることはあるのだろうか。
●今回は深川市とニセコ町で、講演のようなものをさせていただいた。本誌は講演というほど立派な話はできないので“のようなもの”である。
ニセコ町の講演では、コーディネートをしてくれた本誌読者の真狩村の横山喜貞さん(この方は真狩村の人なのに、なぜかニセコ町に出入りしているほうが多い)からは厳しい注文を受けた。事前に、“全国のまちづくりの事例ではなく、あんた本人の話をしてくれ”という電話があったのである。あっちでこんなことをしている、こっちではこんなことをしているという取材ネタでお茶を濁すなよという警告だったかもしれない。取材で出会った立派な人たちの話ならば、いくらでも話すことができるけれど、いざ自分のことになると恥ずかしい話や情けない話ばかりで、出席者に元気や感動を与える自信がない。それでも『かがり火』発行の貧乏物語は出席者の共感を得たらしく、話が終わったら早速、4人の方から購読の申し込みがあった。ニセコ町の人は反応が早い!
●今回の北海道で驚いたことは、どこに行っても中国人観光客が多いことだった。羅臼岳の前でカメラのシャッターを押してくれと頼んできたのは中国人カップルだった。大空町東藻琴の芝桜公園も中国人の団体が目立っていた。顔は日本人と同じようなつくりだから近づいて、中国語が聞こえてくるまで分からない。観光地だけではない、札幌市でお世話になった本誌読者の鈴木琢真さんのワンルームマンションもオーナーは最近、日本人から中国人に代わったということだった。
●観光地の看板は韓国語と中国語も併記されているのが普通になった。中国人客に来てもらわなればホテルや土産物店などは成り立たないらしい。バブルのころ、アメリカやヨーロッパの観光地の店先に、「ニホンゴ デ カイモノ デキマス」の看板がぶら下がっていたのと同じ現象である。いまや中国の経済力なくして日本の地域経済の活性化はあり得ないようだけれど、一方で、航空母艦建造や東シナ海ガス油田などでの中国の強引さに不快を感じている人も多い。一党独裁の中国はやがて崩壊する、格差が広がって混乱が起きる、国が大き過ぎて統治できないようになるなどと言う人もいる。しかし、中国人を研修生として雇用しているある公的機関の方からは、「うちで働いてもらっている中国人の若者は、忍耐強く勤勉で、気配りがあって日本人以上だ」という感想を聞いた。チャイナマネーに脅威を感じる日本人は多いけれど、本当に脅威を感じなければならないのは彼らのお金ではないのではないか。お金だけしか見ていないのであれば、またまた取り返しのつかない間違いを犯すような気がする。
●とうとう鳩山さんが辞めちゃった。一年持たない総理大臣が四人続いたことになる。菅内閣になって、マスメディアが「全国緊急世論調査」というものを実施していたけれど、本誌は「全国緊急世論調査の調査」というものをやってみたいと思っている。
●「短期間で首相が交代するのはマスコミにも相応の責任があると思いますか」という質問をしてみたいのだ。この質問には相当の人が「あると思う」と答えるような気がする。
私の手元に、「全国の居酒屋におけるおじさんたちの話題調査レポート」という資料があるわけではないけれど、個人的な体験でいえば居酒屋でのおじさんたちの会話は、“マスコミは無責任だ”という話題で盛り上がっているに違いない。マスメディアの硬直した正義感と、それでいて大衆に迎合する姿勢に国民はウンザリしているはずである。
●マスメディアは日本の政治の未成熟をいうけれど、それならば一国の首相が外国の元首に「トラストミー」と言ったからといって茶化すのではなく、その言葉を支えるような態度をとるべきではないか。首相を小ばかにしているようでは、外国から侮られるばかりだ。政治よりもマスメディアが成熟しない限り、日本は尊敬される国にはなれない。(K.S)

「かがり火」No132 編集後記
●『かがり火』の編集部は、千代田区西神田二丁目にあります。古書店街で有名な神保町のすぐ隣で、東京ドームにも武道館にも靖国神社にも歩いて行ける距離です。地方の取材から東京に戻るといつも不思議な感覚におそわれます。たった数時間前には、昼間でも人影がなく、夜ともなればイノシシやシカが跋扈する場所にいたのに、数時間後には車も人もあふれている都会の雑踏に立っていることが不思議なのです。交通が発達したおかげで、SF小説のようにまったく違う世界からワープしたような錯覚を覚えるのです。
●今月も、すてきな人たちにたくさん出会いました。五島列島の新上五島町で自給生活をしている歌野さん、息子さんと二人で小さな養豚場を経営している佐世保市の林さんのような人に出会うと、閉塞感漂う日本でもまだまだいけるんじゃないかという明るい気持ちになります。
●しかし、地方でも問題がないわけではありません。地方の都市化というのでしょうか、何戸もない小さな集落でも隣人との会話が少なくなっているようです。こんな話も聞いたことがあります。土砂崩れが発生して、つぶれかかった家があり、区長さんが集落の人へ救援を頼みに走りました。その時、直ちに駆け付けてくれた人も多いなかで、「あの家とは付き合ったことはない」と言って協力を渋った人がいたということです。非常事態ですから、区長さんは説得している暇はなく、「強制ではありません、できるならば」と言って引き返したということです。たぶんこの人は特別変わった人だとは思うのですが、似たような話を聞くことが多くなりました。のんびりした田園風景の中でも、伝統的な日本人の精神が変質していることを感じることがあります。
●今年は1月にハイチで、続けて2月にはチリで大地震が発生し、甚大な被害の様子が報じられました。どちらの国でも略奪が相次いでいるという報道もありました。果たして日本はどうなのでしょうか。平成7年に発生した阪神・淡路大震災の時は、その種の事件がまったくなかったわけではなく、コソ泥に近いものはあったようです。しかし、そんなことよりも隣人の危機を救うために大勢のボランティアが活躍したことが話題になりました。
あれから15年たちました。この先、一朝事ある時に、日本人の心が変質してしまって略奪が横行するとは思いませんが、傍観する人が増えるのではないか若干の心配はあります。
●というのは、普天間問題で日本人の冷たさを感じてしまうからです。解決の糸口を見いだせない首相は窮地に立たされています。しかし、この問題は誰が首相になっても解決できないでしょう。沖縄の人たちはこれ以上の苦痛には耐えられないと、絶対反対なのです。それでも、他のどこの都道府県知事も、「お気の毒です。その迷惑の一部をわが県が肩代わりさせていただきましょう」とは言い出しませんし、はっきりと米軍基地は要らないとも言いません。マスコミは、沖縄県民に大いに同情していながら、迷走する政府はアメリカから不信を買っていると非難しています。5月末の期限が迫っていることに、“さあどうする、どうする”と傍観者的根性もうかがえます。
この問題に、いったいどんな解決策があるというのでしょうか。国民が米軍基地が不要というのなら、50万人規模のデモを毎日繰り返せば、少なくとも日本人の意思はアメリカに伝わるでしょう。基地は必要だ、けれども自分のところは困ると言い続けているだけならば、アメリカから不信を買うのは、政府よりもむしろ傍観している国民のほうではないでしょうか。おそらく最後は、基地を引き受けてくれる市町村に納得するだけの多額の予算を付けて解決を図ることになると思いますが、本誌は反対です。少なくとも基地を引き受けてくれる市町村の税金は無料にして、その分は他地域に居住する国民が直接肩代わりする目的税をつくるべきだと思います。消費税なんかを上げる前に。
●間もなく参議院選挙ですが、気分は一向に高揚してきません。政治に絶望してはいけないと言い聞かせながらも関心が持てない。テレビのスイッチを入れたら、予算委員会が実況中継されていました。ある野党議員が、「説明は要りません。イエスかノーで答えてください」と迫っていました。この人、クイズ番組の見過ぎじゃないでしょうか。簡単に解決できない問題が山積しているから、国会で論議を尽くしてほしいと議員を選出しているのです。クイズを楽しんでもらうために選挙しているわけじゃない。
●本誌は、いろいろ問題があったとしても、日本の国を蘇生させる力は地方にしかないと思っています。地方は海のようなものだと思っています。時々、タンカーが衝突事故などを起こして海を油で汚すことがあります。海岸に重油が流れ着き、油にまみれた海鳥が映し出されたりします。しかし何年か後には、自然の復元力のようなものが働いて元のきれいな海に戻しています。人間の愚かさを海がかばってくれているわけです。地方にも、都市経済の破綻や政治の混迷などに包み込んで、薄めてしまう大きな力があるのではないでしょうか。だから一層、地方が回復不能になるような動きを許してはならないと思っています。(K・S)

「かがり火」No131 編集後記

●坂本龍馬がモテモテである。現実の政治がゴタゴタ続きですっきりしないものだから、一層、幕末の志士は高潔で立派な精神の持ち主のように映るのだろう。
昨年の暮れは『坂の上の雲』の秋山好古・真之兄弟だった。幕末の志士や近代国家形成に奔走した明治の指導者たちに理想のリーダー像を見るのは、双葉山の強さや沢村投手の剛速球を語り継ぐのに似ているけれど、現実の政治に失望するあまり、ヒステリックに英雄待望論を語るのは賢いとはいえない。
自殺者の増加や家族の殺人、談合、偽装、捏造のはびこる社会は、優れた政治家がいないせいだという人がいる。日本から武士道精神がなくなったからだという人もいる。仮に武士道精神が横溢する社会になったとして、線路に飛び込む人がいなくなり、家族のつながりが濃くなり、街角からはホームレスがいなくなり、いじめがなくなるだろうか。
坂本龍馬が生きていたとしても、失業や普天間問題を解決できたとは思えない。
●政治の混迷に加えて長引く不況が日本人から自信を喪失させているのだろうか、ついつい嗜虐的になってしまうようだ。“日本人は拝金主義者になってしまった”と慨嘆する人も多い。そんな論調をマスメディアではよく見掛ける。しかし、実際に私の周りには、金がすべてだという守銭奴はいない。お金を餅にくるんで飲み込んだり、壷にため込んで庭に埋めている人もいないと思う。それでも金絡みのスキャンダルが報道されると、何かもう、日本人はすべて金まみれの人種になってしまったかのように錯覚してしまう。錯覚して、ケシカランと息巻いてしまうようだ。
●私は日本にも日本人にも少しも悲観していない。例えば、最近は犬を散歩させている人は大抵、小さなシャベルとポリ袋を持って、愛犬のふんを拾って歩いている。海外の事情は分からないが、飼い主が犬のふんをかくまでこまめに拾っている国って、ほかにもあるのだろうか。
肩身の狭い思いをしている愛煙家の人たちも、携帯用の灰皿を持っている。ポイ捨ては極端に少なくなった。
 電車を待っていても、割り込む人はめったにいない。割り込むと、正義感の強い市民たちに実力でつまみ出されるというよりも、乗客の視線が排除しているように思う。
武士道とは関係ないけれど、総じて国民は高潔で立派な精神の持ち主であるといってもいいのではないか。
●今年は東京・府中の大国魂神社に初詣でに行った。読者諸氏のご支援に感謝し、少しでも早く『かがり火』が軌道に乗るようにと手を合わせた。その数日後には門前仲町の深川不動尊にもお賽銭を投げた。取材で行った佐渡の称光寺でも頭を下げた。
日本は神社だろうがお寺だろうが、どこにお参りに行っても誰にも文句はいわれない。お寺も宗派ごとに争っているわけでもないから、自分の家が何宗であってもお構いなしに、行く先々で拝んで歩ける。これがスンニ派だシーア派だと争っている国だったら、うっかり違うモスクにでも入れば、「お前は何派だ!」と詰問されて身の危険を感じるかもしれない。どんな神社仏閣にでもお参りできることも、世界に誇れることではないか。
「ないものねだりよりあるもの探し」は地域づくりにかかわる人の金言だけれど、この言葉はもっと社会一般に敷延してもいいように思う。
●本誌は無名の人物を取り上げることを編集方針にしているけれど、むろんわが家も無名の家系である。わずか三代前の先祖の名前さえはっきりしない。江戸時代は庄屋だったとか、大地主だったとか、まして何々藩の馬廻役だったとか、納戸役だったとかいうことは絶対にない。先祖は代々、小さな田畑を黙々と耕していたに違いない。はるかに見えるお城の天守閣を汗を拭き拭き仰いでいた、水のみ百姓だったはずである。そういう家系の末裔だから、政界のスキャンダルに憤慨して憂国の士に変身することもない。
政治に絶望しているわけではない、あるいは軽視して冷ややかに見ているのともちょっと違う。手に余る世の中のことまで心配せずに、自分の手で触れられる範囲のことに責任を持ち、少し誠実に、ちょっとまじめに考えたいというのが、いわば『かがり火』の編集方針である。
倫理観の高い高邁な精神は、指導者にまとめて持ってもらうより、無名の国民が少しずつ持っていたほうがはるかにまともな国といえるのではないか。
●読者の皆さまの強力なご支援で『かがり火』は復刊できました。あらためて厚く御礼申し上げます。年が明けてからも毎日のように新規購読の申し込みが届いております。新規読者からの購読申し込みはがきに、ご紹介いただいた方の名前が記されている場合はできるだけご紹介者にも連絡することとし、紹介者の名前のない場合は、その住所から、おそらく誰々さんの紹介だろうと推察して、心の中で手を合わせています。徐々に安定軌道に近付いておりますので、皆さまの一層のご協力を願い申し上げます。(K・.S)

かがり火」No130 奮闘後記

●今年の5月、休刊をお知らせしてから復刊が決まるまで、何と多くの人たちから温かい声援をいただいたことだろう。あらためて御礼を申し上げると同時に、ここまで深い気持ちで本誌を読んでいただいていたことに感謝申し上げます。
継続してご購読いただいている読者には休刊から復刊に至る事情もある程度分かっていただけると思いますが、本号を初めて手にした方は、「復刊」という文字に戸惑っていらっしゃるかもしれません。
本誌は1987年に創刊、隔月で発行され、通巻で129号を発行しましたが、財政難のために休刊を余儀なくされました。休刊のお知らせを発送したところ、「『かがり火』に代わる雑誌はない、何とか継続して発行してほしい」という熱心な読者の支援で、このたび復刊がかなったものです。
●本誌は表紙にもうたっているように、地域づくりの情報誌です。一言でいえば、過疎化、少子化、高齢化、地場産業の空洞化で衰退する地域をどうしたら元気にできるかをテーマにしています。
しかし、一部の読者から、このテーマにこそ問題があるのではないかという指摘もありました。「地域づくり」の熱気は冷めて、すでに時代遅れのキーワードになっているという意見です。市町村合併も一段落し、「コンクリートから人へ」のフレーズを掲げた新政権が誕生し、個性的な首長たちが引退し、かつての地域リーダーも高齢化し、情報発信力も衰えました。「地域づくり」にこだわっていては、雑誌の発展性はないし、読者も増えないのではないかという忠告でした。
 しかし、本誌が掲げる地域づくりは、特産品を開発して地方にお金が落ちるシステムを考えるとか、グリーンツーリズムで観光客を呼ぶというようなことだけではありません。
本誌の底流にあるのは、社会の変化に一喜一憂する暮らしからの脱却です。政権が交代したから、株価が変わったから、自動車が売れなくなったから、デフレになったからというような外的要因に翻弄されない暮らしのスタイルを模索してきました。目まぐるしい変化にアタフタしない生き方の術が、日本の地方の伝統的な暮らしの中にあったのではないか。いまそのような生き方と仕事、地域共同体のありようを学ぶべきではないかと考えています。といっても、仙人のような生活を言っているのではありません。
●ダーウィンは、「最も強い者が生き残るのではなく、最も賢い者が生き延びるのでもない。唯一生き残るのは、変化できる者である」と言ったそうですが、何とも罪作りなことを言ったものです。小泉元首相がこの言葉を引用して市場主義、構造改革の正当性を主張したものだから、われわれは、目まぐるしく変化する社会に翻弄されてしまうようになってしまいました。
経済効率に左右されない社会なんてあり得ない、そんなのは絶対無理で、夢のような話だと言ってしまえば、それまでです。しかし、人間の社会は経済効率を絶対的なものと考えた時から、地方が軽視され、過疎が始まり、地場産業は衰退し、田園風景が崩壊したのだと思います。無駄な抵抗かもしれませんが、抵抗を続けるしかありません。
●次に本誌の特長は、無名の人物を取り上げるということにあります。基本的にメディアは、話題の人物を追い掛けることで成り立っています。いまはさしずめ、鳩山首相であり、小沢さんであり、イチローであり、ユニクロの柳井さんあたりでしょうか。しかし、有名人の話はもう飽きたという人も相当数いるはずです。本誌は、個性的で面白い人物に登場していただこうというのであって、その人がたまたま何の肩書もない無名の人であっても一向に構わないという姿勢です。実は無名といっても、むしろ普通の人々という意味で言っています。
●今回の休刊をきっかけにして印刷をやめ、ネット上でブログを開設して情報を発信したほうがいいのではないかという提案もいただきました。本誌もホームページもメーリングリストも持っておりますし、印刷費や発送費が不要になるのは何よりの魅力です。しかし、『かがり火』という雑誌はどうしてもネットになじむとは思えないのです。地域づくりに奮闘している人たちの生きかたや考え方をお伝えするには、想像力を刺激する印刷媒体がやはりいいのではないかと考えています。ネットは本誌の補完的役割として活用したいと考えています。
●本誌が復刊に際して、特に力を入れていきたいと思っているテーマは、地方にIターンUターンして頑張っている若者たちです。最近は、どんな土地に行っても、Iターンして就農したり、森林組合で伐採に携わっていたり、観光協会や公民館などで臨時の職員として働いていている若者たちがいます。都会の大企業で、それなりの給料を得ていた人たちが田舎に移住して、手にするお金は少なくなっても、地域の魅力を再発見し、新しい価値を生み出そうと頑張っています。彼らを応援するのも本誌の使命の一つだと思っています。
●復刊に当たって、高らかに進軍ラッパが鳴り響くようなごあいさつはできませんが、あらためてよろしくお付き合いくださいますようお願い申し上げます。(K.S)

「かがり火」No129 長過ぎる編集後記
●あっぱれ! 侍ジャパンは二連覇を達成した。サッカーは予選を勝ち抜くのにもモタモタしているし、相撲は外国人力士の天下だし、このところ柔道もめっきり弱くなってしまったし、景気はもうメタメタだから、久々の快挙といわねばならない。
観客席の日本人たちは日の丸を掲げ、頬に日の丸マークを付けて応援していた。ほほ笑ましい光景だが、国旗は見る場所によっては印象はがらっと変わる。
いささか古い話で恐縮だが、昨年訪れたブエノレスアイレスの「セニョールタンゴ」という店は、ひと昔前、日本で流行したシアターレストランのような店だった。食事とショーがセットになっていて、最初の1時間が食事タイム、それが終わるとショーが始まる。この店は観光コースの定番なのか、駐車場には、世界各国の観光客を乗せてきた貸し切りバスがたくさん止まっていた。
 観光客相手のせいか演出は派手で、次から次とダンサーが登場してさまざまなタンゴが披露されるのだが、なぜか本物の馬が登場したり、南米先住民の衣装をまとった人が『コンドルは飛んでいく』をケーナで演奏したり、舞台にはドライアイスの煙が流れたりで、昔の日劇や新宿コマ劇場の歌謡ショーと似ていなくもない。
 ステーキでおなかが膨れ、ワインを飲んだものだからとろとろと眠くなって、ショータイムはあくびをかみ殺しながら見ていた。
日本ならば、“お先に失礼!”と中座するところだが、ホテルまでの道が分からない。それに夜道をぶらぶら歩いているとどんな災難に遭うかも分からないと脅かされていたので、我慢して舞台に視線を送っていた。日本人は整然と拍手をしているが、外国人は陽気というのか、ノリがいいというのか、指を口に突っ込んでピーピー鳴らして、“ブラボー! ブラボー!”と叫んでいる。
そろそろフィナーレが近づいてきたなと思っていた時、突然、場内の照明が消えて真っ暗になり、音楽が止まった。何事が始まるのかと緊張していると、天井の一隅が照らし出されて、そこからスルスルとアルゼンチンの国旗が下りてきた。サッカーのユニフォームでおなじみのあのブルーと白のしま模様のものである。出演していたダンサーとミュージシャンが舞台に勢ぞろいして、左手で国旗をつかみ、右手を左の胸に当て、頭を垂れ、国歌を歌い始めた。陽気にはしゃいでいた外国の観光客たちも神妙な顔つきになり、場内は厳粛な雰囲気に包まれた。あのおなじみの国旗も、スタジアムで見掛ける国旗とは違うもののように見えた。
ふと考えた。もし、日本のどこかの店で突然、天井からスルスルと日の丸が下りてきたらどうしたらいいのだろう。国家に忠誠を誓うポーズをとって、「君が代」を歌うことができるだろうか。たぶん、私は非常に慌てて中腰になって、辺りをきょろきょろ見渡すに違いない。回りを見渡して、起立せずに座り続けている人を見たらいい度胸をしているなと思うものの、まねする勇気はない。反対に、感動の面持ちで「君が代」を歌っている人を見ると、気味悪く感じるに違いない。情けない話だが私はこういう場合、国旗に対してどうしたらいいか分からないのである。
卒業式で、「君が代」を歌わず、起立しない先生がいたという新聞の記事を読むと心に影が差すが、終戦記念日に、日章旗を押し立てて靖国神社へ参拝する団体がテレビに映し出されると、思わずチャンネルを回す。
右でも左でも、「君が代」や「日の丸」に直截的に反応をする人々が怖いのだ。幸い、今の日本では日の丸はサッカーや野球やオリンピックで振られるだけだから、安心していられる。でき得るならば、日の丸が劇場や駅頭などで振られる日が来ないことを願っている。
●定額給付金の支給が始まった。日本で一番早く手渡し支給した青森県の西目屋村はテレビ中継されて有名になった。村長は1円もかけずに全国に村の名を広めたのだから、なかなかの知恵者である。かなり以前から、マスコミが取材に来ることを予測して準備していたのだとしたら、エライ!
それにしても、定額給付金についての国会でのやり取りを聞いていて、ほとほとあほらしくなった。名目が「生活支援」か「消費刺激」かで、もめているのであった。最初に「生活支援」と言っていた首相が途中から「消費刺激」と言いだしたのは発言にブレがあると野党が攻撃していた(どっちでもいいじゃないか)。お金に違いがあるじゃなし、どこまでが生活支援でどこからが消費刺激と分けることができるもんか。
先代の林家正蔵師匠のお弟子さんだった噺家さんから聞いた話を思い出した。お客さんから差し入れてもらったまんじゅうを二、三日置いておいたらカビが生えた。弟子たちの間で“なぜカビが生えるのか”ということで論争になった。カビの胞子がどう、湿度がどうと難しい話になった。そこへ正蔵師匠が戻ってきて、“なぜカビが生えるかって? 決まってるじゃあねえか、早く食っちまわないからだよ”。
政治家は単純な問題を無理やり難しくするのがお好きなようである。
●それ以上に奇異に思ったのは、閣僚たちがこの給付金で“カモ鍋を食べます”とか“飛騨牛を食べます”とか言っていることであった。派遣切りに遭った人が、牛丼を腹いっぱい食べますというのなら分かるけれど、毎日、おいしいものを食べている(と思われるような)人たちが、このうえ美食してドウスル! たぶん、給付金は貯蓄しないですぐ消費するようにと言いたかったのであろう。
しかし、なぜ貯蓄してはいけないんだろう。もともと質素倹約は日本人の美徳であったはずだ。「一汁一菜」とは美食を戒め、倹約して財政規律を保つための上杉鷹山、二宮尊徳ら偉大な先人たちの教えである。それをこともあろうに、ぱぁーと使いなさいと浪費を勧めるなんて、あまりといえばあまりではないか。これでは閣僚たちが日本人の善き資質を率先して破壊しようとしていることになる。
●経済が順調に推移している平時ならば貯蓄するのが正しいけれど、大恐慌という非常時には、消費するのが正しい行為だとおっしゃりたいのだと思う。では、なぜ消費することが正しいのかを説明してもらいたい。たぶん、50代以上の人間の半分以上、60代以上ならばほとんど全員が貯蓄は善、無駄遣いは悪だと思っている。ほかにも、食べ物は残さない、飽食は慎む、身の丈に合った暮らし方をする、人をうらやまないなどを、正しい日本人の生き方と教えられて育ってきた。
ここにきて、善と思っていたものを悪というのなら、なぜそうなるのか経済と道徳の関係をしっかりと説明してもらいたいものである。おそらく説明はできまい。せいぜい、「お金を使わなければ物が売れないでしょう、物が売れなければお店が困るし、物をつくっている人たちも困るでしょう。皆が消費しないで辛抱すればそれだけお金が流通しないから、ますます不況になるのです」という程度の答えしか返ってこないだろう。
●今、国民はその先の答えを求めているのだと思う。こうして善と悪の尺度があいまいになり、あるいは価値観がくるくる変わる世の中に暮らすことにうんざりし、飽き飽きしているのだと思う。貧乏なら貧乏でいい、もっと心の底から笑えるような暮らし方をしたいと願っているのではないか。消費を刺激すれば確かに少しは景気は回復するかもしれない。しかし、そんな人為的な操作はすぐ馬脚を現して、また景気が悪化するだろう。そういう目まぐるしい変化の中で翻弄されることから脱却したいと、国民は考えているのではないか。
カモ鍋や飛騨牛を食べれば、確かに肉店の売り上げも少しは伸び、畜産農家は助かる。ネギや豆腐の生産者も少しは恩恵を被るだろう。しかし、今の経済問題の本質はそんなところにあるのではないような気がする。
●竹中平蔵さんは、このところ分が悪い。小泉さんと一緒に構造改革を進めた悪の権化みたいな言い方をされている。お仲間だった中谷巌氏が懺悔したものだから、一人応戦に忙しい。あのころは竹中さんだけじゃない、学者もマスコミも、あらゆる分野で構造改革を進めなければ外国との競争に負けるというのは共通の意見だった。
何を隠そう、本誌も懺悔しなければならないことがある。構造改革の光と影を正確に見通すことはできなかった。
かなり前、バブル崩壊の前に佐渡に行った時のことである。車で案内してくれた地元の人が、豪邸の前を通り過ぎた時、「ここは土建屋の家だ」と明らかに軽侮の響きのある言葉を放った。そこの主は高級車を乗り回し、モーターボートも持っているという。あのころ公共事業が華やかで、土建屋さんはわが世の春だった。その羽振りの良さを周辺の住民は苦々しく眺めていたから、構造改革で公共事業が減った時、手を打って喜んだ。少なくとも公共事業が減って土木や建設の会社が倒産しても冷淡だった。ところが今は自殺者も出ているほどである。
郵政民営化も同じである。国営である限りは、郵政省の天下り先であるファミリー企業がなくならないという説明だった。“それはみんなあなたたちの税金ですよ”とたきつけられれば、貧乏人の正義感が頭をもたげて、ケシカランという気持ちになる。そして、これからは自助自立の社会にしなければいけないと説得されれば、うなずくしかなかった。この論理が派遣切りに結び付くとは想像できなかった。
酒屋さんや米屋さんも規制緩和の被害を受けた。酒や米はそれまでショッピングセンターやコンビニでは売られていなかったが、規制緩和でどこでも売ることができるようになった。当然ながら個人商店よりも、大量仕入れで大量販売するスーパーのほうが安い。われわれは今まで付き合っていた個人商店の前をばつの悪い思いをしながらも素通りして、みんなスーパーのほうで買うようになった。国民は、規制緩和で安いという恩恵は受けるようになったが、近所付き合いが乾いたものになってしまった。それが市場原理というものならば、市場原理とは何と冷たいものだろうか。
今、公共事業が減って困っているのは建設会社ばかりではない。農閑期のささやかな現金収入のアルバイト口がなくなった農家も困っている。大型のスーパーやショッピングセンターが進出して、中心市街地の商店街は閑散としている。経済を活性化するための規制緩和は、個人商店をつぶし、シャッター通りをつくり、格差社会を招いた。私たちは値段の安さと引き換えに地域社会の崩壊を受け入れてしまった。そんなことを考えながらもビールはついついスーパーに買いに行くから、一層自己嫌悪に陥るのである。
●“これ以上赤字国債を発行することは孫子(まごこ)の代に借金のツケを回すようなものだ”という言い方がよくなされる。目先の問題に惑わされることなく、長期的展望に立って根本的な政策を実施しなければいけないというような時に使われる。ところで、孫子の代とは一体何年ぐらい先のことを想定しているのだろうか。発言する政治家によっては随分ばらつきがあるようだ。ある人は20年から30年先を想定しているようだし、またある人は50年ぐらい先を考えているようだ。またある人は100年先を考えているようにも受け取れる。孫子の代の本当の意味は、何年先と限定された時間ではなく、果てしなく広がる未来を想定しているのだろう。しかし、われわれは50年先の社会なら辛うじて想像できるけれど、100年先となると難しい。まして200年後の社会はSFの世界に近くなる。
●ところが、100年前の社会ならば、記録や文書が多く残っていることもあるが、かなりのリアリティを持って想像できる。今から100年前の1909年というのは明治42年だから、ついこの間のことである。このころ生まれた方で健在な方もたくさんいらっしゃる。200年前までさかのぼって1809年を考えても、第11代将軍徳川家斉の治世のころで、その60年後が明治維新である。そんなに古い話ではない。
 ところが時計の針を先に進めて200年後の2209年のことを想像してみろといわれると、途端に想像力は働かなくなる。同じ時間量であっても人間の想像力は過去に比べて、未来については鋭敏に働かない。
●われわれが現在抱えている政治や経済や社会のほころびは、産業革命の波が広がった西暦1800年前後にその原因を探ることができる。つまり、200年前の政策の結果が今のわれわれの暮らしなのである。当時の人々が、孫子に禍根を残さずといって、現在のわれわれのことをどこまで考えてくれたか分からないけれど、200年なんて、そんなに長い時間ではない。
それなのに現代は、自分の生きている時間の中でしか物事を考えなくなった。言葉だけは悠久とか久遠とかというけれど、自分の死後のことには関心がなく、せいぜい子どもや孫が成人するまでしか想像できない。文明の発達は人間の寿命を延ばしたけれども、反対に、命はつながり続けて永続するものだという感覚をなくしてしまった。
という観点からして、本誌はこれからは少なくとも“孫子の代まで”という言い方を廃止して、“ひ孫やしゃごの代まで”と言い換えることを提案したい。
●新聞は相変わらず、不況のニュースばかりである。日銀の短観では、大企業の製造業では74年の調査開始以来最悪のマイナス58に低下したと報じている。
それなのに夜の新宿や新橋を歩いてみると、結構、どこの居酒屋も満員である。新聞は海外旅行の広告でいっぱいで、1000万円以上もする世界一周クルーズは人気で早々に予約を締め切ったいう。今の社会は複雑で、特定のジャンルを分析したり予測したりすることはできても、全体を見通すことは難しい。本誌は、現在の社会が抱えているさまざまな問題や矛盾は政治や経済の力で解決するのは不可能な時代になったと思っている。優れた思想家や指導者が現れても無理だろう。ほころびを繕うことはできても、根本的な社会の土台をつくり直すことはできないに違いない。
もし、この社会を変革できるとすれば、無名の民衆たちの“もうこんな世の中、イヤダ!”という叫びが怒濤となって噴出した時だろうと考えている。 (K.S)
かがり火」No128 編集後記
●♪あのふるさとに帰ろかなぁ帰ろかなぁ・・と千昌夫が歌う『北国の春』を作曲した遠藤実先生は、あの世に旅立ってしまいました。心よりご冥福をお祈り申し上げます。でもねぇ先生、今はふるさとは帰れるところではなくなってしまったようですよ。だって、派遣切りに遭った人たちは、“とりあえず田舎に帰って、じっくり将来のことを考えてみる”というわけにはいかないようなのです。おそらく実家に帰っても、自分の居場所はどこにもないのでしょう。たとえ親や兄弟がいても、とっくに断絶してしまったのでしょう。都会で職を失ってしまった人に、おふくろの作るみそ汁は待っていないようです。不況は、仕事とともに、家族もふるさとも失ってしまった人が大勢いることを見せつけました。
●こういう人たちを生み出した不況を一日も早く克服するというのが、各国首脳の緊急課題のようです。モノが売れず、赤字決算の大企業が増えていると、新聞が毎日のように報道しています。でもちょっと考えてみたんですが、景気が悪くなって、モノが売れず困っている会社は多いけれども、モノが不足して困っている人はあんまり見掛けないんですね。“どこを探しても自動車がなくてねえ”とか、“液晶テレビを探し回ったが見つからなかった”という人はいません。
●ということは、不況によって出荷量が2割減った3割減ったと企業は大騒ぎしていますが、モノはすでに満ち足りていたのではないでしょうか。販売量が減ったと騒いでいる分は、もともと余剰製品だったのではないか。すでに市場が飽和状態だったところに無理やり押し込んで無理やり買わせていたのではないか。ということになれば、不況を克服して景気を回復させるということは、再度、飽和状態をつくり、そこに余剰製品を送り込もうとしていることになります。
●資本主義の拡大再生産というのは、例えていえば、勧め上手の魅力的なママさんのいるスナックに紛れ込んだようなものです。客が、“もう十分いただきました。すっかり酔ってしまいました。これ以上は飲めません”と言っているのに、“まだいけますでしょ。さぁ、さぁ、もう一杯ぐぐっと杯を空けてくださいな”と勧められ、調子に乗って飲み続けているようなものですね。おだてられ、脅かされて飲み続けているうちに、客は遂に限界に来て、ぴゅっとゲロを吐いてしまった。お客も汚れたけれども、ママさんもかぶってしまったというのが経済危機ではないでしょうか。
●景気を回復させるということは、失業している人たちに雇用の機会を与えるということで大変重要なことではあるけれど、またまた余剰生産物をつくり出して、“もうお酒はこりごり”と言っている人に、再び酒を飲ませる環境をつくり出そうということです。人間は愚かだから、時がたてばゲロを吐いたことなど忘れて、再び、ママさんの色気に幻惑されて飲み始めることでしょう。ママさんも、“あの時はちょっと私も勧め過ぎました。今度はいい酒が入りましたから、さあ駆け付け三杯”なんて、電気自動車か何かを持ち出してくるかもしれません。
かくして、いつかはまたパンクする。人類には、拡大再生産せずに生きていける知恵はないのでしょうか。
●じゃーん、ここに本誌が推奨する一つの思想があります。かなり以前に一度書いたから気が引けるけれども、それは“共貧共存”の思想です。“共存共栄”ではありません。共に栄えようとすれば必ず共倒れになる。栄えてはいけないのです。豊富なモノに囲まれて、利便性に富んだ快適な暮らしを追い求めれば、生産者側も消費者側も必ず倒れる。みんなが仲良く暮らしていくためには、共に貧乏になることです。みんなが少なく食べて、少なく遊び、少なく働き、少なく運動をして、拡大しないけれども縮小もしない、みんなが生きていける小さな宇宙をつくることです。
●経済学者にはアホラシと一笑されることでしょう。人間は欲望の動物である。欲望があるからこそ人類は進歩してきたという大前提を無視しているのですから。しかし、これからの人類は、“欲望の抑制”が最大のテーマではないでしょうか。ただ、この思想にも欠陥があることを認めねばなりません。欲望の中身が千差万別だということです。ある人にとっては欲望の抑制でも、他の人にとってはぜいたくざんまいだということです。
 例えば、高級ホテルのバーに毎日通うのが大好きな人がいたとして、ある日、欲望を抑制する決心をして、週3回に減らしたとしましょう。彼にとっては大変つましい暮らしへの転換になるけれど、一度もそのバーに足を踏み入れたことのない人にとっては、合点のいかない話です。
それに人間って、一度も味わったことのない快楽は我慢できますが、知ってしまった快楽を手放すことには深い絶望を感じるものです。やっぱし、“共貧共存”も簡単じゃないな。
●ところで最近は、あの小泉さんの評判が甚だ悪い。あの時の構造改革路線が今の不況を招いたという論調が主流になっています。でもあの時、構造改革を否定する人は少なかったんじゃありませんか。特にマスコミはね。いずれにしろ、経済学というのはあんまり信用できる学問じゃありませんね。地震予知に似ています。地震が来た後で、マグマがどうとか日本海プレートがどうと詳しい解説がされますが、事前に予知はできません。経済学者も恐慌が起こった後に名論文を発表するようです。みんな後の祭りです。
●本号13ページの記事で取材した折の、大阪府摂津市の吉寿屋の神吉武司会長の「今は不況でもなんでもない。不況というのは毎日餓死する人が出ている状況のことだ」という言葉が心に残ります。われわれはまだ餓死するまでは余裕がありそうです。頑張りましょう。                  (K.S)

「かがり火」No127 編集後記

●“政局よりも経済対策”“政治空白はつくらない”と言って、麻生首相は頑強に解散を拒否して逃げ回っているけれど、このセリフの本音を本誌は知っている。もし、空白をつくっても、経済がこれ以上悪くならなかったら、首相の立つ瀬がない。まして、空白の間に経済が上向きになれば、存在そのものが否定されてしまう。居ても居なくても同じということになれば面目丸つぶれだ。窓際族のサラリーマンが、休んでいる間に自分の机がなくなってしまうことを恐れて、休暇中にも会社に出勤して来る心理と似ている。

●“100年に1回の重大危機”と言っておきながら、その対策が10年に1回程度の通常の景気対策では、理屈からいってもバランスが取れない。100年に1回の危機ならば、100年に1回の景気対策で対抗しなければならない。定年退職しても元気な人たちや仕事を失った人たちに過疎地に集団移転してもらって新しい村をつくるとか、離島はすべて無税にするとか、食料自給率を100%にするとか、シャッター街をすべて解消させるとか、現代版のニューディール政策を考えねばならないのである。大胆な社会実験をするいいチャンスではないか。

●といっても本誌は本当の景気対策は、何もしないことではないかと思っている。いま国民は一汁一菜のヘルシーな食事を余儀なくさせられているかもしれないが、そのうち必ずウナギを食べたくなる。食べたくない時に無理やり食べさせるのは難しい。食べたくなる時まで待てばいいのである。

例えていえば、景気の循環というものは、あっさり系の食事と脂っこい食事を行ったり来たりするようなものである。いかに好物といえども毎日ウナギでは飽きるから、あっさり系を食べたくなる。すなわち景気の下降局面である。そのうち、あっさりした食事にも飽きて、脂っこいものを食べたくなる。すなわち景気の上昇局面を迎える。この“あっさりウナギ循環理論”は本誌のオリジナルだから盗用しないように。

●もう一つ、本誌は景気回復の特効薬を知っている。誘拐などの緊急事態が発生した時に、報道管制が敷かれる。いまは経済危機という緊急事態が発生しているのだから、マスコミが経済情報の報道を自粛すればいいのである。新聞に休刊日というのがあるが、誰も困らない。あれの拡大版である。なぜなら、不景気な時に不景気なニユースばかり流されたら、誰だってやる気がなくなる。毎日のように、自動車の販売台数は前月比で何%減になった、株価が安値を更新した、百貨店の売り上げはここまで落ちている、不動産業の倒産が増えている、学生の内定取り消しが止まらないなどマイナス情報ばかり見せつけられるから、弱気な心理が伝染して、国民は委縮してしまう。情報が遮断されれば弱気になりようがない。景気は上向く。

●本誌は経済オンチだからこんな能天気なことを言っていられるけれど、アメリカの連邦準備制度理事会の前議長、グリーンスパンさんだって、“規制緩和に行き過ぎがあったかもしれない”と言っているし、世界的投資家であるジョージ・ソロス氏も反省の弁を述べたというではないか。ちょっと反省が遅過ぎるじゃないの。自由経済をあおり立て、市場経済を推進してきた人たちが“自制”とか“つつしみ”という言葉を使うようになった。何かヘンだな。戦時中、軍部に協力して、戦争完遂と言ってきた文化人が、戦後、宗旨変えして民主主義を唱えるようになったことを“転向”というけれど、世界の経済をかく乱してきた人たちが、“自由経済には行き過ぎがあった”と言うのは、転向といってもいいんじゃないか。もっとも、彼らの本当の気持ちは“反省はすれども転向せず”で、次はうまくやろうと思っているに違いない。

●サブプライムローンやリーマン・ブラザーズの破綻と関係があるのかないのか分からないが、このところ鉄道での人身事故が増えているように感じる。少し前までは飛び込みは、東京の中央線に集中していたけれど、最近は私鉄や地下鉄でも多く発生するようになった。本誌の通勤時でも、今年になって、人身事故による電車の遅延に一度も遭遇しなかった月はなかったように思う。

事故に遭遇するとホームで長時間待たされたり、車内に閉じ込められたりするが、決して焦らないことにしている。“何も俺の乗っている電車に飛び込まなくてもいいじゃないか”などと飛び込んだ人を決して呪わない。電車に飛び込んでもテレビのニュースでは報じないし、新聞に出ることもない。飛び込んだ人は最後の最後まで社会に無視されている。どんな人生を送ってきた人か分からないけれど、せめて電車を止めることでこの世に存在したことを証明しているのだろうか。私はトイレに行きたくて額に脂汗を浮かべながら、故人の冥福を祈ることにしている。

●なかなか訪ねる機会がなかった高知県の足摺岬に、大月町の岡浩之さん(本文26ページ)を取材の折に回ることができた。大変ありがたいことだが、本誌読者で八幡浜市のみかん農家・二宮康さんが車で案内してくれた。宿毛市、愛南町、土佐清水市を回った。おそらくこの辺りはどこも人口の減少が続いているだろうけれど、陽光のせいか暗さはない。

道端をお遍路さんたちが歩いている。その横を車で通り過ぎるのは少し後ろめたい気もしたけれど、南国の風景に白装束がぴったり合っている。Tシャツにナップザックという人も多い。日本列島を鯛焼きに例えて恐縮だが、都市から遠く離れた町や村の畑や田んぼがきれいに耕され、田舎の道路を人が歩いているのは、鯛焼きの隅までアンコが詰まっているようで、満ち足りた気持ちになるのであった。

(K.S)

「かがり火」No126 編集後記

●いいかげんにアメリカも目を覚ましたらいいんじゃないか。いかに自由主義、拡大主義、市場主義といっても、世界にここまで迷惑を掛けておいて、なおしらっとしているのはケシカランじゃないの。本来ならば土下座ものである。いかに優れた経済理論、進んだ金融技術があったにしても、人間の欲が暴走すればいつかはこうなるというのは素人でも分かることだ。アメリカには足るを知って、祖先の霊と共につつましく暮らすローカルな思想、里の思想というものがないのだろうか。

●拡大というのは限界があるのである。いつかは完全に壁に突き当たる。前には一歩も進めない、かといって後ろにも下がれない。ムカデは前に進むだけで後退ができない。だから一本の棒を上り始めて、先端に上り詰めると下りる方法を知らないからいつまでもウロウロしていて、干からびてしまうというけれど、賢いはずの人間が今、同じ立場にある。あるいは、ある孤島に異常発生したネズミが陸の食料を食べ尽くし、新たな食料を求めて黒山の大群となって海を渡ろうとした例もある。神さまは人類に後戻りするという知恵を与えてくれなかったのだろうか。

●日本では、新しく首相になった人が選挙も近いこともあって、経済最優先、たとえ批判があってもお金をばらまくと言う。小社のような吹けば飛ぶような零細にも、“緊急経済対策で御社にも融資できますが”と銀行から電話がかかってきた。だが、聞いてみればちっともばらまきではないのである。ばらまくというのは、節分の豆まきでも花咲か爺さんでも、紀伊国屋文左衛門でも、まいたものを再び回収することはしない。気前よく差し上げるから、ばらまくという。この経済対策は利子を付けて返済してもらうということだった。なあーんだ、くれるんじゃないのか、それじゃあばらまきではない。

●首相も大臣も次々に辞めちゃって、ちょっとした辞任ブームだけれど、本誌には何の感想もない。どうぞご勝手にである。だが王監督の引退にはいささかの感慨を禁じ得なかった。王選手が巨人に入団したのは昭和34年、皇太子ご成婚の年だった。前年に入団していた長嶋茂雄が、天覧試合でサヨナラホームランを打ったのもこの年だった。このころから日本が高度経済成長を歩み始めたと思うけれど、農村の軽視も始まった。

●中学校の社会科の教科書をぼんやりと思い出す。都市の華やかさを強調していたけれど、一方で農村はかなりおとしめられていたような気がした。その記憶を確かめるべく、東京の江東区にある教科書図書館を訪ねた。記憶は間違っていなかった。農村のくらしという項目があって、馬に鍬を付けて代掻きしている写真が載っていた。赤ん坊を背中にくくりつけて働く農家のお嫁さんの写真も載っていた。日本の農村は海外と比べて生産性が低く、機械化が遅れ、農作業は肉体労働に頼っていると書いていた。結婚は労働力を増やすことも目的の一つで、道普請など集落の共同作業に参加しない人は仲間外れにされ、脳出血での死亡率は都会に比べて倍も多いという記述もあった。農村には、迷信などに頼って病気を治療しようと考えている人がおり、回虫や十二指腸虫のような寄生虫も多いと説明していた。

●大都市については、人口が多いだけでなく、大会社、大銀行、官庁などのほか、新聞社や放送局や大きな百貨店があって、政治・経済ばかりではない、文化の中心地であると、あこがれをあおり立てていた。 

都会の華やかさを喧伝する一方で、農村の後進性をこれでもかと強調しているのである。農作物を収穫することの喜びや、助け合って労働する「結い」の精神についての説明はどこにもなく、農村は因習の残る封建的な地域社会と決め付けていた。これでは誰も農村に近づきたいとは思わないだろう。労働力を地方から吸収するため、工業優先、農業は後回しという国家による刷り込みが行われていたのである。教科書の巻末には編纂委員として、日本を代表する高名な学者たちの名前が連ねられていた。

●あれから50年たって、高度経済成長を成し遂げて日本は豊かになり、先進国の仲間入りをした。経済の発展で田舎の道も隅々まで舗装され、立派なダムが造られ、川はコンクリートで固められ、鎮守の森は駐車場になり、茅葺きの家はトタン屋根になり、土地改良が進んで水車小屋はなくなり、コンビニまでできた。田舎も見違えるように発展した。しかし、それでも過疎は止まらない。

●だから、政府はばらまきで経済を刺激しようというのだろうけれど、お金で何とかなる状況なのだろうか。昔から、お金で何でも解決しようとするのはぼんぼんの悪い癖だが、首相になった人にも似たところがあるような気がする。日本の閉塞感はお金では解決できないところまで来てしまったのである。地方は確かに苦しい。苦しいとは言っているけれども、それは「金をくれ」と言っているのではない。「苦しいと言っていながら、金をくれと言っているのでなければ一体何なんだ」とけげんに思うかもしれないが、日本の地方は、金でない何ものかを必要としているということを想像できないらしい。社会の仕組みを根本から考え直さないといけないところに来ているのに。

●王選手が入団したころ、農村をおとしめるような教科書を作らず、農村に残る豊かな精神性や、自然と人間のつながりやコミュニティーの大切さを強調していたら、親が子を、子が親を殺すような社会にはならなかったかもしれない。政策というのは30年とか50年の単位で考えなければならないのだろう。本誌が主張していることが、“そういえばあのころまともなことを言っていた雑誌があったなあ”と言われるのは、おそらく2050年前後となるのだろうか。(K.S)

                                  

かがり火」No125 編集後記

●メタボにタスポ、紅葉マークに後部座席シートベルト・・このごろ、国はちょっとおせっかい過ぎるのではないか。痒いところは一向に掻いてくれなくて、痒いところの上とか横とか、痒くないところを一生懸命掻いてくれる。そこじゃないっつうの。じれったくて仕方がない。

●これからの社会は“自己責任”とさんざん言っていたのに、なぜ急に面倒見が良くなったのだろう。メタボなんてそれこそ100%自己責任じゃあないか、国が世話を焼くことではない。紅葉マークだって、高齢の方でも運転の上手な人もいれば、若くても頼りない運転をする人がいる、人それぞれである。なぜ肝心なことをやってくれなくて、枝葉末節なことにばかり熱心になるのだろう。おそらく肝心なことは難しく、手に負えないからではないかと想像している。

●ここまでおせっかいを焼いてくれるなら、いっそのこと、電車内での化粧禁止、乗客を幼児扱いにするアナウンスの禁止、少しもおかしくないお笑い番組の放送の禁止など、やってもらいたいことはたくさんある。

それに、このごろテレビの右上にアナログと出るようになった。

「お宅はまだアナログなんですか。まもなく地上デジタルに変わりますよ。早く買い替えないとテレビは見られなくなりますよ」とせかされているようで、気にくわない。余計なお世話だ!

●それにしても日本人はおとなしい。ネクタイを外そうと言ったら、みんな素直に外しちゃった。政府にとってこんなに御しやすい国民もないのではないか。

●何でも値上がりしているから、家計は非常に厳しい。値上がりしないものだけで食事をしようと思っても、不可能である。ついに卵まで値上がりしている。今のところお米だけは安いので感謝している。何もかも値上がりするというのは、何もかも輸入の影響を受けているということだ。いよいよ本気になって自給自足を考えなければいけない時が来た。戦時中は庭を掘り返してサツマイモを植えたというから、車を手放し、車庫を掘り返して野菜を植えなければならない。肥料が高騰しているというから、自前で肥料もつくらなければならない。再びJinpunの出番である。となると、汲み取り式に戻さなければならない。さあ、忙しくなるぞ。

●福田首相は支持率が思うように上がらないので悩んでいるようだ。本誌には支持率アップの秘策がある。福田さんに教えてあげたいけれど、面識がないので誰か会う人があったら教えてやってほしい。

 毎日の食事を粗食にして、その献立を公開することだ。年金や消費税やWTOや公務員改革などよりも、国民は食にいちばん関心がある。だから、何を食っているかを見せるのが政策を語るよりも分かりやすい。

かつて臨調の土光敏夫さんは、メザシを食べているところを写真に撮られて一躍尊敬されるようになった。ご高齢だったから脂肪の多い高級魚よりも健康的にはメザシがよかったのだろうが、世間はそう思わない。“土光さんともあろう人が、メザシを食べている、エライッ”ということになった。

●それなのに、総理の動向を伝える新聞のカコミで、昨日はホテルの一流レストラン、今日はどこそこの高級料亭と報じられるから国民はやっかみ、しらけてしまうのだ。ヨーロッパにはノーブレスオブリージュという、高い地位や身分にある者はそれに伴う社会的責任と義務を果たさなければいけないという道徳観があるというけれど、日本におけるノーブレスオブリージュとは、メザシを食うことと定義すればいいのである。

●それが何ですか、洞爺湖サミットでは、えりすぐりの高級食材に超高級ワイン、一流シェフの料理を楽しみながら、食料危機を話し合っているなんて何かヘンである。一説には600億も掛かったというけれど、そんな大金を掛けて、どれほどの効果があったのだろう。

日本は、そろそろサミットを辞退してもいいのではないか。

「今般、一身上の都合によりサミットをご辞退申し上げたくお願い申し上げます。日本国内閣総理大臣」という辞退届を出したらどうだろう。辞退届はどこに出すのかな。サミットって持ち回りだから、次回の開催国の元首でいいのかな(!?)

●日本には、首相がサミットに出て、外国の元首と並んで記念写真を撮っていられるような余裕がないはずだ。いきなり辞退届が問題があるならば、とりあえず進退伺という手もある。

「今般、一身上の都合により先進国より発展途上国に格下げしていただきたくお願い申し上げます 日本国 内閣総理大臣」という届けはどこに出せばいいのかな。ブッシュさんあたりが、“まあまあ早まらないで。とりあえず僕が預かっておく”ということになるのかな。いつまでも一等国でいたいというミエが日本を駄目にしている。無理に背伸びしている必要はない。日本はトップランナーには向いていないのだ。追いつけ追い越せの立場にいるほうが力を発揮する国なのだ。

                 ※

●本誌は有名人よりも無名人を取り上げることを編集方針としているけれど、無名人ならば誰でも取り上げるというわけではない。例えば、のど自慢で歌のうまい人がいるじゃないですか。プロ顔負けというか、プロになってもやっていけそうなぐらい上手な人。でも、ご本人は保母さんだったり、農家だったり、魚屋さんだったりして、プロになろうなんて考えたことはなく、自分の仕事に誠実に生きている人。つまり、本誌は地域づくりに関して専門家ではないけれども、専門家並みの、場合によっては専門家以上の見識をお持ちの人を取り上げたいと思っているんです。これは中途半端なプロに対して、“素人をなめんなよ!”という気持ちを込めています。(K.S)

かがり火」No124 編集後記

●洞爺湖サミットのテーマは、地球温暖化対策ということらしいが、もっと緊急な議題があるではないか、と本誌は声を大にして言いたい。石油や穀物に投資されている巨大マネーをどうやって制御するかを話し合うべきではないか。石油の価格が上がっているのは、実需ではなく、投資ファンドのマネーが跳梁跋扈しているからだという。そのお金の単位が兆を超えて、京だというからあきれる。金が金を求めて世界を光速で駆け巡り、今や、そのお金がどれぐらいになっているのか正確に把握できなくなっているらしい。しかも、この投資マネーは出資した人間の言うことを聞かなくなり、金そのものに意思があるごとく暴れ回っている。SFにあるように、進化したコンピュータが人間の命令を聞かなくなるのに似ている。

●高度に発達した金融技術が人間を窮地に追い込んでいるのである。貧困な国に甚大な被害をもたらしているけれど、やがて先進国にも必ず影響が及ぶに違いない。そもそも社会の繁栄のために発明された貨幣が、なぜかくも人々を苦しめなければならないのか。人間がつくり出しておきながら、コントロールがきかなくなり人類滅亡の危機におびえなければならなくなったのは、核に似ている。

 投資マネーは目に見えず、どこにあるか分からず、一瞬たりとも同じところに止まっていないだけに、核兵器よりも恐ろしい。

●人間のあくなき欲望が社会を発展させるというけれど、その欲望は地獄への道をたどっているようだ。いったい人間はどれだけのお金を持てば満足するのだろう。年収200万円の人はせめて500万円あれば何とか暮らしていけると思う。500万円の人は1000万円あれば、車や家のローンを払えて、子どもを大学に行かせることができると考える。1000万円の人は3000万円あれば家を建て替えられると考え、3000万円の人は1億円を望み、1億円の人は・・・かくして欲望は際限なく膨らんで、とどまるところを知らない。

●何トカセネバナラヌ。そこで提案したい。投資を制限する国際法を制定してはどうか。会社の資本にも制限を設け、金持ちたちの個人資産にも上限を設ける。資本主義がどうの社会主義がどうのと言っている場合ではない、今は人類救済のための英知を発揮しなければならない時なのである。

大正末期、北一輝は日本改造法案大綱で「日本国民一家の所有し得べき財産限度を壱百万円とす」として国家改造を目指した。「壱百万」は、現代の貨幣価値に換算すると約20億円ぐらいだという。そこで本誌は、世界の富豪たちに大まけにまけて1000億円の個人資産は許そうと思う。それ以上はみんな没収してしまう。1000億円あれば、どんなインフレが来ても死ぬまで安泰だと思うし、酒池肉林、自家用ジェットで世界一周できるし、地中海に別荘とか、愛人を持つとか、まず大抵のことは可能だろう。“1000億円ではとても暮らしていけない”と言う金持ちは、よもやあるまい。没収した資産は自動的に国庫に入るようにする。この場合の国庫とは、国連の国庫という意味で、世界銀行でもいい。

●こうなるとアメリカの『フォーブス』誌が発表する世界の金持ちランキングも意味のないものになる。ビル・ゲイツさんも鉄鋼王のミッタルさんもアラビアの石油王もみんな1000億円止まりなのである(いい気味だ)。サミットに出席する首脳たちも1000億円以上持っている人はいないだろうから、賛成してくれると思う(してくれないか)。

●1000億円以上稼いでも国庫に納めなければならないとしたら、金持ちの事業意欲は減退するだろうか。そんなことはあるまい。1000億の資産を個人で所有できて、それ以上の富は人類の幸福のために使われるという栄誉が与えられるのだ。貧乏人だって頑張れば何とか1000億まではいけるチャンスがあるから、勤労意欲が高まるというものだ(高まらないか)。こういうことを忌憚なく話し合うのがサミットというものだろう。ドル安がどうのこうのと形式的な議論をしたって意味がない。昼間の会議は世界のメディアが注目しているから無理かもしれないが、せめて夜なべ談議で話し合ってもらいたい。サミット夜なべ談議、このアイデア、いけるんじゃないか。

●話題は一転してセコイものになるけれど、新聞を購読しない人が増えているらしい。新聞代がもったいないし、ニュースはテレビで間に合うし、インターネットでも見ることができるからである。また、新聞を取っているくせに新聞は見ないという人も多い。新聞を読めば腹が立ってくるからだという。奈良県の読者の池端絹代さんは、“殺人や虐待や偽装や汚職などの記事は一切なく、一面から最終面まですべていいこと、楽しいこと、面白いことだけ書いている新聞があったらゼッタイ購読したい”と言っていた。同感とおっしゃる人は多いのではないか。

●マスコミは事実を報道するのが使命だから仕方がないけれど、『かがり火』は、でき得る限り日本人の良きこと、美しきことを発見して取り上げていきたいと思っている。

その一つ、最近つくづく思うことは、トイレがきれいになったことだ。かつては公衆トイレは汚なかった。特に、都会から遠く離れた土地のトイレは汚れていた。東北の有名な山に登った時、その山小屋の脇にあるトイレのあまりの汚さにぎょっとして用を足さずにそのまま出てきたことがある。下山するまで我慢した。

学生時代にスキー場のアルバイトをしていて、トイレ掃除を命じられたことがあるけれど、土日の汚れ方は言語に絶するものがあった。

国立公園の公衆トイレも汚く、入る時にこわごわのぞく習性が身に付いてしまっていた。今は、そんなトイレは見掛けなくなった。日に何人も訪れない辺ぴなところの公衆トイレでも、管理が行き届いているのか、利用者のマナーが良くなったのか、きれいである。日本人は胸を張ってもいいのではないか。「掃除に学ぶ会」などの功績もあると思うけれど、マナーは確実に良くなっている。

●些細なことだが、もう一つ日本人の美徳を報告したい。シルバーパスを持っているお年寄りは、運転手さんにパスを提示しながら、二度も三度も丁寧にお辞儀してバスを乗り降りしている。70歳以上の人は、大幅な割引があるので恐縮しているのであろう。日本人の礼儀正しさ、遠慮深さを見るようである。日本人に生まれたことを嫌になっちゃう時と、日本人で生まれてよかったなあと思う時がせめぎ合っているけれど、辛うじて後者が勝っている今日このごろである。 (K・S)

かがり火」No123 編集後記

●国というものは、恐ろしいことを考えるものだ。本誌は市町村合併は、廃仏毀釈、創氏改名に次ぐ天下の悪法だと思っているのだが、今度は集落合併をひそかに研究しているらしい。効率を最優先に考える為政者にとって、山村のへき地に2戸、3戸がぽつんぽつんと暮らしているのは、もったいなくてしょうがないのだろう。町の近くに住んでくれるなら、電気も水道も通信回線も効率良く供給できる。頼みもしないのに山の中に住む人がいるから、大金をかけて道路も整備しなければならない。その上、病院や学校が遠いとか、買い物が不便とか言われては、たまったものじゃあないと、考えるのだろう。

●しかし、歴史的に都市よりも山村のほうに早くから人が住んでいるのである。先住民族の権利を侵してはならないのは万国共通である。人里離れた山中で、段々畑を耕している家に出逢ったら、よくも何百年、このような不便な土地で、集落を守ってくれたものだと、その営みに畏敬の念を抱くというのがまっとうな感覚というものだ。それを効率が悪いから町場に住んでもらいたいと考えるのは、異常である。第一、人間は効率を求めて生きているわけではない。コンパクトにまとまって住んでもらいたいというのは、インディアンにおける居留地であり、ナチスによるゲットーの発想と変わらない。気が違っているとしか思えない。

●都市と地方の格差が問題になっているが、今のままでは永遠に解決策が見つからないだろうと思っている。田舎に高速道路を建設しても、工場を誘致しても、そんなことでは格差は解消しない。本質的な価値観を転換しなければいけないのだ。

地域で人生が完結する風土をつくらなければいけない。日本は、明治以来、有為の青年は、故郷を捨てて東京に出ることを奨励されてきた。政治、経済、学問、芸術、何の世界でもいい、東京に出て、名を成すことがいちばん立派なことだとされてきた。だから、みんな田舎を捨てて都会に出たのである。

ちなみに、肩書に“田舎”、あるいは“地方の”という言葉を接頭語として付けて見れば、いかに田舎や地方が不当に扱われてきたかよく分かる。田舎社長、田舎教師、田舎作家、田舎芸者、地方の警察官、地方の議員・・。東京に出てきた多くの人たちは、志を果たせず、都会の片隅で没してはいるけれど、まず東京へ出ることがすべての始まりだった。

●その象徴的なものは、“♪こころざしを果たして いつの日にか帰らん”という歌である。これでは、田舎に残って故郷を守ろうとしている人間には、志がないようではないか。ふるさとを守って、地域にとどまる人々に敬意を持たなければ、どんな政策を実施しても無駄である。本当に豊かな社会とは、一度も東京に出たことのない人たちによって、行政も経済も教育も行われる地域社会が構築された時ではないかと考えている。

●本誌は、無理に感動のドラマを追い求めることをしないように自戒している。感動のドラマというのは中毒症状を起こす。アルコール中毒でもクスリ中毒でも、中毒というのはだんだん強い酒、強いクスリ、刺激の強いものを求めるようになる。感動のドラマも中毒になれば、以前は感動したドラマでは涙を流さなくなる。もっともっとと、よりドラマチックな物語を欲しくなる。無一文から大富豪になった人の話とか、ホームレスから社長になった話とか、肉体的ハンディを克服してオリンピックに出たとか、とにかく際限なく波瀾万丈の物語を求め続ける。

●人生は、そんなにドラマチックではない。平凡で退屈なことの積み重ねである。感動中毒に陥れば、その真理を忘れてしまう。本誌の取材に際して、「私は取りたてて記事になるような人生を送ってはいません。誰とでも同じ、平平凡凡なものですよ」とおっしゃる方がいる。本誌は、そういうコメントを発する無名人の、普通の生き方に興味がわく。反対に、「私ほどドラマチックな人生を送っている人はいないでしょう」という話を聞くと、眉にツバをつける。なぜなら、そういう人は、自己顕示欲が強く、自分で自分を商品化して売り込むのがうまいからである。あざとさとクサさも感じてしまう。

ただ、感動のドラマを追い求めないからといって、本誌が退屈で平凡であっては困るので、この辺の編集力、文章力に頭を痛めている。             (K.S) 

                        

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かがり火」No122 編集後記

●国際化の波に乗り遅れた日本は海外でのプレステージが著しく低下しているという論調が目立つようになった。株価や円の価値が下がる一方で、ユーロやルーブルが強くなり、世界の中での日本の存在感が希薄になっているというのである。

代わりにオイルマネーで潤っているアラブの国々は大型開発が目白押しで、急成長を続ける中国では億万長者が続々と生まれ、石油でもうけたロシアの金持ちたちは東京の高級ホテルのスイートルームを独占しているとか、銀座の宝飾店の客は海外からの金持ちばかりだと伝えている。

反対に、外貨建ての投資信託は好調で、日本の金融資産は海外に流出し続け、このままでは日本は沈没するばかりだとエコノミストたちは嘆いていた。日本の富裕層が、金利の低い日本に見切りをつけて、資産を海外に移転させているらしい。

 こんな情報に接していると、貯金なんて一円もない本誌だって心穏やかではいられなくなり、“こうしちゃいられない”という気分になってくるーーというのは冗談、ホントは痛くもかゆくもない。

かつて世界2位だったGDPが、いまや18位になってしまって、もはや日本の経済は一流とは言えないらしいけれど、2位だったときも本誌はキャビアをつまみにドンペリを飲んでいたわけではない。「吉兆」には、昔もいまも近づけない。つまり、GDPのランクが上がっても下がっても“そんなの関係ねぇ、オッパッピー”なのである。

●人間とはつくづく愚かなものである。バブルのころ、日本の含み資産でアメリカ全土の土地を買い占めることができるなんて豪語するノーテンキな人もいたけれど、全土といわないまでも、現実にニューヨークの一等地を買いあさったのは日本の企業である。今度はその現象が中東の国々や中国、ロシアで起きているだけなのだ。資源に恵まれている国で億万長者が生まれているといっても、国民すべてが金持ちになったわけではあるまい。景気のいい国の一部の金持ちと引き比べて悲観するのはナンセンスである。

●外国の投資家が日本の市場に魅力を感じなくなったのは、日本の金融環境が閉鎖的で、M&Aなどがやりにくく、うまみがないからだという。結構ではないか。ハゲタカファンドに食い荒らされるよりは、まだましではないか。こういう状況に政界や経済界の指導者たちまでが浮足だって、“構造改革が頓挫したからだ”とか、“政策が内向き過ぎる”とオロオロしているのは、何だかみっともない。もっと泰然自若としてもらいたい。

●もし、外国の投資家が日本の企業の買収をしやすくなり、魅力のある市場になったとしたら、世界から投機的マネーが押し寄せて、景気は回復し、株価は上がり、日本にも億万長者がたくさん生まれるだろうけれど、格差はいまよりもっと広がるに違いない。一部の金持ちが毎晩、美酒に酔いしれる横でホームレスは寒さに震え、いじめや虐待や家庭崩壊はますます増えるだろう。

グローバル経済というのは、倫理や信義や思いやりとは懸け離れて、貨幣の論理だけで社会が回るということだ。そういう酷薄な社会の到来を日本人の多くが望んでいるとは思えない。

●原油が高騰して、ガソリン代が高くなるばかりだが、これが実需ではなく投機のために値上がりしているのだという。米騒動の時は、米問屋に押し掛けることができたけれど、ガソリンの場合はどこに押し掛けたらいいか分からない。グローバル経済では敵の正体が見えないのだ。だからエコノミストたちは、グローバル化に異を唱えるのは寝言みたいなもので、無駄な抵抗だと言う。 

本当に無駄な抵抗だろうか。本誌は何も、電気や電話などの文明の利器をすべて排除しているアーミッシュのような生き方にあこがれているわけではない。せめて、ガソリン価格が1リットル200円になっても、300円になってもあたふたしない暮らし方を考えるべき時期にきていると思うのである。われわれには、いいお手本がある。山間地の限界集落に暮らす人々は、株が上がろうが下がろうが、静かに暮らしている。木を伐り、炭を焼き、小さな畑と田んぼを耕し、漬物を漬けて保存食料を作り、過度にお金に依存しない暮らしを実践している。いまならまだ、これら山村に伝わる伝統の“わざ”をわれわれは学ぶことができる。

●今回、寄稿していただいた長野県栄村の川渕友絵さんは、巨大企業のゼネラルエレクトリックに勤務していたし、島根県海士町の岩本悠さんはソニーに、桃子夫人はトヨタ自動車に勤務していた。偶然ではあるが、それらの世界的企業を退職して、過疎の町に移住した。この二例にも見られるように、経済的に安定した暮らしよりも自分らしい暮らしをしたいという考えに、本誌は限りなく共感を覚えるものである。幸福は富を手にした者だけが入手できる権利ではない。 (K・S)

かがり火」No121 編集後記

●狭い日本の土地をいくら耕しても、しょせんは広大な土地を持つアメリカや中国、オーストラリアにはかなわないのだから、海外から安い農産物を輸入するほうが経済的かつ合理的であると主張する学者や大企業の経営者は多い。安全・安心への懸念を言うと、生産現場を厳しく管理し、検査体制を強化することによって解決できると反論される。輸出国に異常気象や戦争が生じれば、日本はお金があっても農産物を買えなくなるのではないかと不安を言えば、だから普段から複数の国と貿易をしておけばいいと説得される。

自給率を高めるべきだという国内派が、自由化を推進する国際派と議論して勝つのは大変だ。

●農家だって自立自助に取り組んでいるけれど、よほど条件に恵まれている農家でない限り、農業所得だけで暮らしていくのは容易ではない。それでも意欲のある農家は、価格でも品質でも輸入農産物に対抗しようと必死の努力をしている。また、こだわりのオンリーワンを作ることで生き残りを図ろうとしている農家も多い。心のどこかには、輸入自由化を推進する市場主義者を見返してやりたいという気持ちもあるのではないか。

●こだわりのオンリーワンは、完全無農薬の米だったり、農薬を使用しないリンゴだったり、添加物ゼロのみそだったり、さまざまだ。しかし、「無農薬」と簡単に言うけれど、その苦労は並大抵なものじゃない。無農薬に挑戦して一年二年で、満足できる農産物ができるわけではない。もともと資金力がないから、新たな商品開発には血のにじむような努力が要る。本人はもとより家族までが粒々辛苦の生活を強いられる。売れるものができるまでは無収入だから、借金もかさむ。

●そうやって苦労しても、みんながみんな成功するわけではないけれど、ようやく優れた農産物や商品ができたとしよう。大量生産ではないから、量は少ない。何より手間がかかっているから、できた作物は、すでに市場に出回っているものより3割から5割は高くなる。米でいえば、5kgで5000円とか6000円というのもあり、リンゴも1個が600円とか800円、みそでいえば500gで1300円という値段が付いているものもある。作った本人にしてみれば、これでも安いぐらいだという思いだろう。ところで、これらの高級品を買うお客さんはいるのだろうか。

●それが、いるのである。オンリーワンの高級品の良さを認めて、それにふさわしい対価を支払ってくれる立派なお客さんは存在する。その証拠に、デパートの売り場には、ため息の出るような価格の高級食品が並んでいる。生産者の苦労は報われたのである。

 さて、本誌が疑問に思うのはここから先の話である。5kg5000円、6000円の米を買っていくのはどんなお客さんなのか。いわゆる富裕層、高額所得者ということになるだろう。その高額所得者って、何で稼いでお金持ちになった人たちなのか分からないけれど、額に汗してコツコツ働いている人が高級食品を買えるとは思えない。やはり現代のビジネスで勝利した人たち、国際競争を勝ち抜いた人たちということになるのではないか。皮肉なことに、さんざん苦労した揚げ句、こだわりの逸品を作った農家にとって、最大の顧客は日本の農業に否定的だった人たちということが大いにあり得るわけだ。

●何だか釈然としないけれども、国際競争に勝ち抜いた富裕層がいるおかげで農家の悲劇は回避されたのである。貧乏人が、いかに農家に同情的だったとしても購買力がなければ、何の支援もできない。

このことは何を意味するのだろう。市場原理は、すべての経済活動にとって厳然と優位に立つということを証明しているのか、市場主義者に逆らってはいけないということなのか、農家もグローバル企業と仲良くしなければ生きていけないということなのか。

誰か、答えを教えてくれないか。

●農業も大変だけれど、陶磁器、漆器、織物・染色、木工・竹工、和紙、金工など日本の伝統的な仕事に従事している職人さんたちも困難に直面している。日本人の生活様式が変わってしまって、お客さんがいなくなってしまったからだ。伝統工芸の品々は、どれも気が遠くなるほどの工程を経て作られる。職人が何カ月も没頭して作ったものは、何代にもわたって使用に耐えられるものだけれど、今の世の中、歳月に耐えるものを必要としなくなった。

その上、廉価な輸入品が海外から大量に入ってくるから、ますます厳しい。それでも職人さんたちは、先祖から伝承してきた技術を自分の代で途絶えさせることには責任を感じて、仕事を続けている。

●お客が少ない上に手仕事だから、漆器の場合、お椀1個が3万円とか5万円というのも珍しくないし、藍染の着物が普段着でも30万円とか40万円というのも普通である。こういう高いものを作っている職人さんたちは左うちわかというと、まるで反対である。そうそう売れるものではないからだ。

●工芸展などで入賞して大家と呼ばれるようになったごく一部の人たちを除けば、暮らしは楽ではなく、自分の子どもたちに後を継がせたいと思っている職人さんは少ないだろう。農業の将来と同じく、明るい展望を描けず、甚だ心細い状況にある。

高級農産品を買ってくれるお客さんはいたけれど、工芸品を購入してくれる高額所得者はいないのだろうか。

めっきり少なくなってしまったらしい。ひと昔前までは、大会社の社長さんたちが、定期的に購入してくれた。本業のかたわら、美術品や工芸品を収集して、何々コレクションというものをつくった人たちである。このような社長さんたちは趣味人であったかもしれないが、伝統工芸を守らなければいけないという心意気と、職人の仕事に対して理解・尊敬の念を抱いていたのだと思う。

●お金持ちがいなくなったのかといえば、むしろお金持ちは増えている。日本に億万長者は130万人いるそうである(本誌の周りには見当たらないけれど)。億万長者だからといって、工芸品を買わなければいけない義務はないけれど、できるならば応援してやってほしいと切に願うのである。お金持ちが増える社会は、悪い社会ではないかもしれないが、できれば、心優しい金持ちに増えてもらいたい。                    (K・S)

かがり火No120 編集後記

●巻頭でご紹介した鍵山秀三郎さんは魅力的な方だった。成功した人にありがちなしたたかさがない。苦労を重ねて成功した人には、得てして過剰ともいえる自信と共に、傲岸な雰囲気が漂うものだけれど、それがない。むしろ謙虚でナイーブな方だった。

これまでの取材経験で言えば、おしなべて偉い人たちは、同席した部下の話を遮る癖がある。立派な経営者であっても、課長さんや担当者が話している途中に割り込んできて、話の方向を変えてしまうような人が多かった。

“私は忙しいのだから、回りくどい説明は後にして私の話を優先したまえ”という気分なのかもしれない。鍵山さんには、それがない。

●それに、笑顔が素晴らしい人だった。最近、気が付いたことだけれど、会社経営でも地域づくりでも、幾多の試練を乗り越えて成功した人たちの笑顔は、年齢に関係なく、人懐こい。そばにいるだけで体が温かくなるような笑顔を持っている。成功するためには、決断力、洞察力、開発力、資金力など多くの能力が必要だろうけれど、いちばん必要なのは笑顔力ではないだろうか。周囲のスタッフに信頼感を与え、“この人になら最後までついていこう”と思わせるのは、経営能力よりも笑顔のほうではないか。この人にならお金を貸してもいいと思わせるのも、決算書よりも笑顔のほうに説得力があるような気がする。

私も時々、一人、鏡に向かってにっこりしてみるけれど、大らかさが足りないと言おうか、どこかに貧乏くささがあって、がっかりする。

●それにしても近ごろ、あまりにも殺人が多いと思いませんか。自殺も一向に減少しない。過日は東京の千代田線と東武線とで同時刻に飛び込み自殺があった。一瞬、“同時多発テロ”という言葉が浮かんだ。飛び込んだ人は、政府の転覆を企てたわけではないだろうけれど、今の社会に報復するという気分は漠然と持っていたような気がする。

●憲法改正に関するNHKの討論番組を見ていたら、街頭でコメントを求められた一人の青年が、“僕は早く戦争が起きてくれればいいと望んでいます”と言っていたので、ぎょっとした。その青年はフリーターということだったけれど、戦争が始まって死ぬ危険はあっても、今よりはいいと言っていた。その青年にとっては、今の生活環境はパレスチナのガザ地区と何ら変わらないのだろう。この映像は瞬く間に消えて二度と放映されることはなかったけれど、同じ心情を抱く青年はもっとたくさんいるような気がする。

●いじめによる自殺もなくならない。このような事件があると、“周囲の大人たちは、なぜシグナルを見落としたのか”と問題にするが、シグナルは見ようとしなければ、どんなに大きなシグナルが発信されようとも見えないものだ。

その例は、温暖化現象ではっきりしている。世界各地で起きている異常気象は、注意深く見守っていなければ見逃してしまうシグナルではない。シベリアの凍土が解けてマンモスの骨が露出している、北極の氷河が解けて海面の水位が上昇した、アザラシやシロクマなどがいるはずのない海を遊泳している、各地で豪雨と干ばつが交互に起きている、日本には生息していないはずの亜熱帯の昆虫が見られるようになったなど、よほど鈍感な人でも気が付かざるを得ないシグナルが眼前に突き付けられている。それでも、見えないものは見えないのだ。

●地球の神様は、人類をいきなり破滅に導くのはかわいそうだと思って、繰り返し警告を発してくださっているのに、われわれは無視するどころか、どうせ死ぬなら、有り金はたいて、うまいものを食って、したいことをして死にたいと居直っているようである。温暖化現象は、われわれが抱えている多くの問題の中でも最優先させるべきものだと思うのだけれど、いちばん後回しにしている。われわれの暮らしぶりは、地球の神様への“地球が滅びても異議を申し立てません”という同意書にサインをしたようなものだ。

●安倍さんが辞職して非難ごうごうだけれど、本誌は大いに同情している。安倍さんは優し過ぎたのだ。何を言っても非難をされるし、揚げ足は取られるし、マスメディアなんか一度も褒めてくれないし・・嫌になっちゃったのだ。

安倍内閣では、「身体検査」という言葉が政治用語になってしまったけれど、今度は“肝試し”も政治用語に加わるかもしれない。プレッシャーやストレスにどれだけ耐えられるか胆力を調査しなければならないからだ。でも、どうやって調査すればいいのだろう。政治家の皆さんにお化け屋敷に行ってもらうわけにもいかないし。

●安倍さんの責任は、政権を投げ出したことよりも、“美しい国”という言葉に暗さや嘲笑を染み込ませてしまったことだ。“美しい国”という言葉自体には、右傾化とか憲法改正とか自衛隊の海外派遣などのどんな意味も含まれていない。しかし、これから先、われわれが“美しい国”という言葉を口にしたとき、かすかにうさんくさいものを感じなければならなくなった。でもいいか、おかげで“御曹司”“名門”“プリンス”というような言葉も信用ならず、大したことがないことを教えてくれましたから。

●政治家にとって言葉は武器であり、すべてであるというけれど、日本語は国民全員のものだから、これ以上、美しい日本語をもてあそんで、勝手にマイナスイメージを付与してもらいたくない。政治家の皆さん、何とぞ、“かがり火”という言葉だけは使わないでください。(K・S)

かがり火No119 編集後記

●牛肉コロッケだと思って買ったら、豚肉コロッケだったり(昔は羊頭狗肉、今は牛頭豚肉)、魚沼産コシヒカリだと思って買ったら輸入米だったり、安全なはずのウナギから禁止物質が検出されたりするものだから、何でも疑ってしまうクセがついてしまった(もともと疑り深い性格だけど)。

捏造や偽装はゴキブリと同じだという友人がいた。そのココロは、1社が摘発されれば、その周辺に同じことをしている会社が100社はいるということらしい。

●過日、セルフのガソリンスタンドで自動車にガソリンを注入している時、ふっと、あらぬ疑念が頭をもたげてしまった。今、30?のガソリンを入れているけれど、ここのガソリンスタンドの店主が悪賢い人で、29?しか入っていないのに、メーターは30?を示して、レバーがカチッと上がるように細工しているなんていうことはないだろうかという疑いである。“おや、おかしいな。今日は1?少ないじゃないか”と見破ることができる客は、まずいないだろう。ガソリンは取り出して数え直すわけにはいかない。こんな疑いが浮かんだものだから、急に不安になった。

 この不安を確かめようとして、直接、店主に“どうも1?少ないように思うのですが”と問いただそうものなら、“何の証拠があって、そんな言い掛かりをつけるんだ”と怒られる前に、殴られるかもしれない。動かぬ証拠をつかまないといけない。

●まず、ガソリンスタンドに来る前に、他のGSに行って、ガソリンタンクをすっかり空にしてもらう。そこに、1?だけガソリンを入れて、このガソリンスタンドに来る(すっかり空にしたのでは車は動かない)。30?入れたら、すぐ先ほどのGSに戻って、入れたばかりのガソリンをドラム缶か何かにすべてあけてもらって、そこから1?だけ移して、残りのガソリンを漏斗か何かで測る(1?升ってあるのだろうか。今度、何気なく聞いておかなきゃいけないな)。ガソリンスタンドの往復にもいくばくかの燃料は消費するので、正確を期するためにはその量も割り出さないといけない。

●待てよ、ここの店主は弁が立ちそうだから、一筋縄ではいかないな。一回の調査だけではトボケられてしまいそうだ。日にちと時間を変えて、何回か調査してみなければならない。それにしても、調査に協力してくれるGSには幾らぐらい謝礼を払わなければいけないのだろう。3万円か、5万円か。第一、このような調査に協力してくれるだろうか。同業者の悪事を暴くことになるから拒否されるかもしれないし、親しい関係なら“ヘンな客が来ている”と通報されてしまうかもしれない。もし、協力してくれるGSも同じような不正を働いていたとしたら、調査はもっとややこしいことになる。と、次から次と妄想がわいてきた。結局、この調査にはあまりの手間と経費が掛かることに思い至って“まあ、いいか。信用しておこう”ということにした。その瞬間、店主の顔はごついけれど、心はきれいな人に見えてきた。勝手に悪人に仕立てて申し訳ないことをしてしまったと心の中でわびながら、ガソリンスタンドを出たのであった。

●つまり、社会はあくまでも“信頼”で成り立っているのである。警察があり、法律があるといっても、その前に信頼がなければ、社会は成り立たない。信頼がなくなったら社会はパニック状態に陥るだろう。生産も消費も取引も社会のあらゆる活動が停滞し、そこから生じる損害は天文学的数字になるだろう。

●しかしながら、このところ、信頼を裏切るような事件が頻発している。われわれが納付していた年金が納められていないと社保庁は言うし、公共料金の請求も、意図的ではないにしても水増し請求になっていたり、何を信じていいか分からない。このままいけば、国民は税金の納付書が届いた時、“間違っていないかどうか、もう一度計算し直してみてほしい”と言うようになるかもしれない。われわれの日常でも、スーパーや居酒屋やレストランなどで、支払いの際に、“ちょっと待った!もう一度計算し直してくれ”と要求するようになるかもしれない。国民全員が再確認運動を展開したら、明らかにGNPを押し下げることになるだろう。

●笑いごとではない。何があっても安心ですと言ってきたし、われわれも安心だと信じていた原発に、放射能漏れがあったではないか。発表は、“少量”ということだったけれど、信頼を失ってしまえば、その少量が信じられなくなる。文明がどんなに進歩しても、信頼だけは、体温や血圧のようには測定器では測れない。科学的、客観的に測ることができないから、信頼なのである。その信頼が社会の四隅からじわじわと溶解し、漏れ出しているような気がするのである。

●マスメディアだって、捏造がないわけではない。時々、ヤラセが問題になるけれど、無意識にやる捏造もある。読者を喜ばせ、歓心を買おうと大げさな表現をするのも、ある意味では捏造である。大きく扱うべきところを小さく、小さく扱うべきところを大きく扱うのも不正表示であり、偽装である。この偽装が世論を誘導することになるから、タチが悪い。本誌も心してかからなければならないと自戒しているけれど、面白くなければ読んでもらえないし、悩ましい限りであります。

                                 (K.S)

かがり火No118 編集後記

●安倍首相はいよいよ憲法改正に本気を出してきましたね。今年の参院選は年金、社保庁改革、集団的自衛権や教育改革、格差是正など争点は盛りだくさんです。こういう時って、政治家は大抵“国民的議論を深めていただきたい”と言うんですよね。

でもねえ、国民的議論って、どうやって深めればいいんだろう。無名の人には、新聞社やテレビ局は意見を聞きに来てくれないし、理髪店の主人に議論を吹っ掛ければ、迷惑な顔をされるだろうし、居酒屋で、かんかんがくがくやれば、隣の客のひんしゅくを買うかもしれないし・・。タクシーの運転手さんに、いきなり“あなたは、護憲派か改憲派か、意見を聞きたい”なんて言ったら“お客さん、ここで降りてください”と言われそうだ。

●思いあまって、そばにいるカミさんに“俺は憲法改正に反対だけど、おまえはどう思う”と言ってごらんなさい。普通の奥さんならば“何ですか、いきなりそんなこと言い出して。それより早くおふとん干して、ゴミを出して、部屋を片付けてくださいよ”と言われてしまうだろう。国民的議論をしたいと願ってもなかなか思うようにはいかない。われわれは、新聞やテレビに出てくる政治家や学者の意見を聞くしかない。つまり、国民的議論なんて初めからできないのである。

●よく考えてみると、政治家は「私たちの話をよく聞いていなさい」と言っているにすぎないのである。なあーんだ、それならそうと、初めからそう言ってくれればいいものを、なまじ国民的議論をしろなんて言うから慌ててしまったじゃないか。

 世論というものは数多くの人の意見から形成されるものでなく、ごく一部の人たちの意見から出来上がっていくものなんだなあ。

●あるお金持ちの方と会いました。彼は“お金なんて、あっても少しも幸せではない。あればあったで親類や知人が金を借りに来るし、遺産争いの心配があったりして、苦労の多いものだ。むしろ、ないほうがよっぽどすっきりする”とおっしゃっておりました。同じセリフを貧乏人が言うのであれば、負け惜しみであったとしても愛嬌がある。本当の金持ちが言うのは、何たる嫌みであることか。ご本人は正直に本心を吐露しているつもりなのだろうけれど、貧乏人をいたぶり、オチョクッテイルことに気が付かない。

●以前にも、嫌みな人に会ったことがある。“学歴なんて何の意味もない。勉強の嫌いな子に無理やり勉強させるより、本人がやりたいことをやらせるのがいちばんだ”とおっしゃっていたのですが、ご本人は東大卒のエリートでした。しかも自分の子どもも東大に入れていた。学歴無用論を唱える人は、何も学歴のある人であってはならないという理由はないけれど、こっちに根性があれば石をぶつけていたところだ。ホームレス役を演じる俳優が、豪邸に住んでうまいものを食っていてはいけないという理由もないけれど、やっぱりどこかヘンだ。

●格差を論じている人たちにも、嫌みな人が多い。格差社会の下積みを経験したこともない人たちが、見事に下層社会に住んでいるかのような発言をしている。新聞が報じる好景気が、いったいどこの世界の話だろうとシラケている人たちにとっては、彼らの発言にまったくリアリティーを感じられない。まったく実感がわいてこない。

●資本主義における基本原理は、市場のニーズの求めるものを作って売るというものであるらしい(本誌は最近までこのことに気が付かなかった。気が付いた時には手遅れだった)。この判断を間違えば、膨大な在庫を抱えて倒産することになる。

テレビではアホらしい番組を放送しているけれど、あれも視聴者のニーズがあるからだろう。だから、プロデューサーは次々にお笑いタレントを発掘して、ばかばかしい演出で、ニーズに応えているのだろう。スポンサーも、番組が視聴者のニーズを満たしている限り、自社製品の宣伝効果があると信じて、お金を出し続けているのだろう。

●しかし、市場のニーズを最優先するという価値判断は本当に正しいのだろうか。ニーズがあるかないかの前に、本物かどうかの判断があってもいいのではないか。

落語家でも、古典といわれている噺を身につけようとする人は、テレビを敬遠する。だから名前は売れず、貧乏に甘んじるしかない。染色や陶芸や漆器などの職人たちの生活も苦しい。安っぽい輸入品に屈したくないから、時間をかけていいものを作る。当然、価格も高くなる。そうすると、市場のニーズに応えていないから売れないのだという烙印を押される。何百年も続いてきた伝統的な仕事まで、市場のニーズに翻弄されている。

●世の中には、売れないかもしれないけれど大切なもの、大多数は関心を示さないけれども残さなければならないものもあるはずだ。市場で売れているものだけが、市民権を獲得したように大きな顔をしているというのでは、社会は限りなく薄っぺらなものになっていくような気がする。

市場主義を信奉している人は、「いいものは消費者の支持を得ることができる。支持を得たものは確実に市場で生き残る。支持を得られないものは市場から消えていっても仕方がない。生産者のどんな思想、どんな情熱があっても、判断するのは市場である」と言う。

「市場」って神様なんだろうか、というのが本誌の疑問である。どうやら、本誌の自己弁護みたいになってしまった。                                    (K・S)

かがり火No117 編集後記

●不謹慎かもしれないが、新聞の社会面の下段にある訃報欄を愛読している。何のつながりのない他人でも、亡くなった人の年齢と死因が気になって、毎朝、目を通すのが習慣になっている。80歳代ならば、まあまあと納得し、90歳を超えていれば大往生だと安心に似た気持ちを味わう。50代60代だと痛ましい思いがして、家族の悲しみを一瞬想像したりする。

最近では、この訃報欄のその下に掲載されるおわび広告を読むのもひそかな楽しみになってしまった。

●おわび広告というのは苦心の作である。おわびしなければならなくなった会社では、社内から文章の達人を非常召集しているのではないか。世間に対して恭順の意を示さねばならないが、それは会社にとって致命的なものであってはならず、信頼を回復した暁には一層の飛躍を期するという隠れたメッセージも込められている文章でなければならない。保険証書の約款のように、書いておかねばならないことはすべて網羅してあるが、いわれのないところまで傷口が拡大しないように慎重な言い回しを用い、その上、できるだけ読まれないようにしなければならないのだから、かなり高度な文章術を必要とする。

●昔はこんなにおわび広告はなかったと思うけれど、おわびをしなければならないような不祥事は起きていなかったのだろうか。恐らく不祥事はあっただろうけれども、隠蔽が巧みだったか、あるいは金属片が紛れ込んでいただけで全商品を回収しなければならないほど消費者の目は厳しくなかったのだろう。今ほど情報が公開されていなかったころは、消費者が被害に遭っても早々にあきらめたか、泣き寝入りしていたのかもしれない。いずれにしろ、今は不祥事を起こす会社が後を絶たないので、新聞社は結構な広告収入源を確保したことになる。

●おわび広告が新聞の常設欄になってしまったと同時に、テレビでは、社長さんたちが一斉に起立して頭を下げるおわび記者会見も日常的な光景になってしまった。あまりにも次々と頭を下げるので、見ている人はしらけてしまって、引き起こされた事件への関心よりも、“この社長さんはずいぶん髪が薄いな”とか、“あの社長さんの顔はふてぶてしいから、謝罪していても謝っているように見えずに損だな”なんて分析する始末である。

●マンネリ化していたおわび会見の中での最近のハイライトは、何といっても「あるある大事典」だろう。おわび放送を見ていたら、あまりにも多い捏造にあきれるとともに、よくもここまでやってくれたものだと笑ってしまった。番組の中にやらせや捏造が入り込んだというよりも、やらせの中のところどころに本当もあるといったものだった。あれでは、“枝豆で歯槽膿漏が治る”“梅干しで痔が治る”など、どんな番組でもできちゃいそうだ。

テレビ局の下請けの制作者のコメントも傑作であった。

“視聴者は誰も本当だと思って見ていませんよ。退屈な真実よりも、捏造であっても面白おかしい番組のほうを視聴者は求めているんです。そっちのほうが視聴率がいいんですから”と言っていた。

居直ってうそぶいているような発言だけれど、ある意味で当たっている。恐らく、テレビの番組制作に携わる、すべての人たちの本音だろう。

実際に、スーパーストアから納豆が消えたというけれど、本当に、納豆を食べたらやせると信じて買ったのだろうか。面白半分、しゃれのつもりで買った人も少なくないのではないか。

●制作者側は、視聴者はたぶん信じていないだろうという前提で番組を作り、視聴者側は、たぶん嘘だろうと思いながら見ている。それでも影響は甚大であることには変わりはない。普段はテレビをばかにしている人でも、ご本人がテレビに出ることになったりすると、放送日時をわざわざ連絡してくれるから、テレビはやはり魔物である。半信半疑と相互不信の危うい関係の中で情報社会が成り立っているようだ。

しかし、納豆だけならまだしも、政治家が登場する番組でも同じような現象が起きているのは笑ってはいられない。政治家は、自分で立派な弁論を展開していながら、どうせ視聴者には半分も信じてもらえないだろうと思っている。視聴者は、政治家があんな偉そうなことを言っていても、事務所経費や何やらウラでは何をしているのか分かったものではないと思っている。情報の送り手と受け手に、かなりのズレが生じていて、政治不信は深まるばかりなのに番組は成立している。

●命にかかわる原発の事故でさえも、危うい共通認識の上に立っているから恐ろしい。原発の事故が次々に明らかになって、今や住民は原子力発電所の内部で事故が絶対起きないなんてことはないと確信している。原発側は、住民は事故は完全に起きないとは思ってはいないと思っている。それなのに、毎日、原子炉は稼働しているのである。われわれは、やせるということと、命にかかわることを同じ延長線で、半分は信じ、半分は疑い、それでも自棄にもならず絶望もせず、不思議な秩序の上で暮らしているのである。

●テレビは劇場型社会をつくるといわれているが、まさにテレビの伝える真実は近松門左衛門の虚実皮膜論のように、虚と実の薄い膜の中にくるまれているのである。

こういう社会は、どれが本物か偽物か常に判断に迷う社会でもある。おかげで、われわれは、本当に感動的な事実に遭遇した時でも、“待てよ、これは本物かいな。何か裏があるんじゃないか”と疑って、一瞬、立ち止まる習性を身に付けてしまった。情報社会に生きる者にとっては疑り深いというのは、必要な能力かもしれないが、言葉が字義通り相手に伝わり、相手の言葉もそのまま素直に受け入れられる天真らんまんさを失ってしまった。テレビは、言葉から力を奪ったのである。

●テレビは、社会に影響を与える巨大なメディアではあるけれども、常にだまされるかもしれないことを疑ってかからなければいけないメディアである。しかし、『かがり火』は社会に影響を与える力はないけれども、頭から信じてもらってもいい地域づくり情報誌なのである、という自画自賛のオチがついてしまった。              (K・S)

かがり火No116 編集後記


●どういうわけか『かがり火』の編集部に出入りする人に金持ちはいない。連れ立ってそば屋さんに入っても、注文するのは「もりそば」か、せいぜい「ざるそば」である。「天ぷらそば」でも注文する者が現れようものなら、“オッ!”という顔をされる。みんないい年してピイピイしているけれど、パソコンにやたらに詳しかったり、高山植物の名前をよく知っていたり、フライフィッシングについてうんちくを傾けたりする。大体、編集部に出入りする人間はどこでも似たようなものだと思うが、小誌は際立ってワーキングプアである。

●最近の流行語で言えば、間違いなく格差社会の下流階級に属している。しかし、彼らはリッチになることをあきらめたわけではなく、会うたびに、どうしたらひと山当てられるかという話に花が咲く。しかし、斬新奇抜、いろいろな計画を持ち出してもあまりリアリティーがなく、実現性は甚だ乏しいといわざるを得ない。結局のところ、“まあ、そうまでして金持ちになりたくないな”というところでお開きになる。

●彼らは、30円をケチるために地下鉄と山手線をどのように乗り継いだらいいかに知恵を絞っているけれど、新聞が騒ぐほどには格差社会に怒っていない。もっと怒ってよさそうなものなのに、意外と恬淡としている。世の中は不合理と矛盾に満ちていて、いつの時代でも、どこの国にも金持ちと貧乏人がいることを悟っているようでもある。

●確かに縄文時代でも、シカやウサギを捕まえるのが上手な人間もいただろうし、いつも獲物に逃げられてばかりで、すきっ腹を抱えていた人間もいただろう。目端の利く人と利かない人、嗅覚の鋭い人と鈍い人、計算の速い人と遅い人、金もうけの上手な人と下手な人は大昔からいたのである。だから、わが愛すべき友人たちは、今さら格差社会に目くじらを立てることもないと考えているようだ。

●しかし、社会の上に立つ人間が次のような言辞を弄するとなると、話は違ってくる。恬淡たる下層階級といえども、にわかに階級意識に目覚め、真の敵は奈辺にあるか分からないけれど、現在の国のありように猛然と腹を立てるのであった。

ある作家は、次のように言う。

「できん者はできんままで結構。戦後五十年、落ちこぼれの底辺を上げることにばかり注いできた労力を、できる者を限りなく伸ばすことに振り向ける。百人に一人でいい、やがて彼らが国を引っ張っていきます。限りなくできない非才、無才には、せめて実直な精神だけを養っておいてもらえばいいんです」

 また、高名な学者は、次のように言う。

「人間の遺伝情報が解析され、持って生まれた能力がわかる時代になってきました。これからの教育では、そのことを認めるのかどうかが大切になってくる。ある種の能力が備わっていない者が、いくらやってもねえ。いずれは就学時に遺伝子検査を行い、それぞれの子どもの遺伝情報に見合った教育をしていく形になっていきますよ」

 前のコメントは作家で文化庁長官だった三浦朱門氏のもので、後のコメントはノーベル物理学賞の江崎玲於奈氏のものである。このコメントは斎藤貴男氏の『機会不平等』(文藝春秋刊)に出ていた。

●小誌は、三浦、江崎両氏を、何と傲慢なことを言うのか! と非難するつもりはない。縄文の時代から、遺伝子的に狩りの上手な人間と下手な人間はいただろうから、両氏の指摘はある意味で当たっていると思っている。しかしこの言葉は、心で思っていても、死んでも口にしてはいけないフレーズなのではないか。寅さんではないけれど、“それを言っちゃあ、オシマイヨ”である。根本的に社会の否定につながるような気がするからである。

●フリーターやニートが多い社会をいいとは思わないが、少数のエリートが国民を引っ張っていくという社会状況も気味が悪い。現に、戦前は陸士、陸大出身の少数のエリートが、

「八紘一宇」や「東亜新秩序」の幻想に取り付かれて、国をとんでもない方向に引っ張っていったではないか。非才で実直な精神の持ち主は、エリートより劣っているように言うけれど、国家の平和と安寧は、非才で実直な精神の持ち主たちによって保たれているのではないか。第一、誰もが官僚や学者を目指す社会は息苦しくってたまらない。

●本誌にもたびたび登場いただいている哲学者の内山節氏は群馬県の上野村で暮らしているが、村人たちは、それぞれが欠かすことのできない役割を持っているという。畑のことをよく知っている人、森のことをよく知っている人、薬草の知識が豊富な人、キノコに詳しい人もいる。縁側で日なたぼっこをしているおばあさんでも、そのおばあさんが日なたぼっこをしているから、村は和やかであるという。

国を動かしている人たちは、多種多様な社会の価値を認めているような発言はしているけれど、どうもその価値というのは科学的、文化的、進歩的なことに対する価値を認めているだけであって、日なたぼっこをしているおばあさんの存在そのものに価値を認めているようには思われないのである。

 少なくとも、『かがり火』は、非才で無才、実直なる精神の持ち主の側に立ちたいと思

っている。   (K.S)

かがり火No115 編集後記

●いじめによる自殺が発覚すると、校長や副校長・教頭などがマスコミを前に、「いじめのあった事実は把握していない」と弁解する。まだ調査も開始していないのに、そんなに早く分かるはずがないと思うのだが、いじめはなかったと断言するのは、子どもたちへの配慮というよりも、自分たちに落ち度はなかったと弁明しているようで見苦しい。

●教師になる人たちは大卒である。小学校でも中学校でも人並み以上の成績だったと思う。中にはツッパリもいたかもしれないが、ほとんどは頭も良く素直で、先生の言いつけを守る生徒だったに違いない。こういう生徒は、いじめたこともないし、いじめられたこともなかったのではないか。そういう生徒が大きくなって先生になっても、いじめに遭っている子どもたちの気持ちを想像できない。

記者会見に並んだ先生たちは、子どものころ、いじめの場面に遭遇した時は、いち早く危険を察知して、現場から離れる賢さを持っていた生徒だったのではないかと、疑ってしまった。そんな受け答えだった。つまり傍観者だったのである。

●傍観者だったのは、教師ばかりではない、市や県の教育委員会も文部大臣も官僚たちも、そしてそれを評論する識者の先生たちも傍観者だったはずである。つまらない正義感を発揮してトラブルに巻き込まれては損をするという考え方は、現代のエリートたちのみならず、社会の風潮になっている。

電車内で女性が酔っぱらいに絡まれていても見て見ぬふりをする乗客は多い。酔っぱらいの狼藉を止めようとして、けがでもしたらばかばかしいと考えているからだ。もし、かかわってけがをした場合は、その勇気は称賛されるよりも、むしろ冷笑される。この社会の雰囲気こそが、いじめの元凶ではないのか。

今、私の家族にいじめの対象になる子どもはいない。しかし、いじめは学齢期の子どもを持っていようがいまいが、国民が等しく自分のこととして考えなければならない問題なのだと思う。

●郵政造反組が自民党に復党した。郵政国会では、あれほど毅然とした態度を示したものの、1年たったら、下手な信念は自分のクビを締めるだけで何の得にもならないことを思い知ったということだろうか。小泉チルドレンに政治を任せる気にはならない人たちも、今度の茶番劇には、げんなりしていることだろう。

おかしかったのは、復党を容認、あるいは歓迎する議員たちが“惻隠の情”を口にしていたことだ。“惻隠の情”とは、勝者も敗者も立派な時に使うものだと思っていたのだが、こういう軽薄な使われ方もあることを知った。日本人の伝統的精神も、だんだん安っぽくなっていく。

●財政破綻した夕張市が、テレビの格好の餌食になっている。雪道をとぼとぼ歩く老人や、閉鎖してがらーんとなった施設ばかりを撮影して、その映像に陰気くさい声のナレーションをかぶせる安っぽい演出。保育費の負担増で悩む家庭を取材して、“いつまでこの土地で暮らせるか分からない”というようなコメントを放映している。あれは一種のヤラセである。事実ではあるかもしれないが真実ではない。

●夕張市が炭鉱を閉山した後で観光事業に手を出したのが失敗だった、知恵がなかったのだと非難されているけれども、ほかにどんなアイデアがあったというのだろうか。石炭産業は、日本の近代化を推進した基幹産業だった。国策だった。エネルギー政策の転換で、炭鉱の出番はなくなった。産炭地が新しい産業を模索している時に、国はもっと積極的にかかわるべきではなかっただろうか。お金を与えて、「何かやりなさい」というのは、地方自治を尊重したというよりも、冷た過ぎた。

●夕張市の問題は、日本の社会がこれまでのシステムでよかったのかどうかを考え直す最適のモデルになるのではないか。首長の資質や権限、議会のあり方、国と地方の関係、住民の自治意識、公務員の採用の方法、日本の産業構造などありとあらゆる問題を夕張市は抱えている。

 そして、経済が発展しなければ人は幸せにはなれないのかという本質的な問題を考えるきっかけも与えてくれた。

いじめと同じく、財政破綻をしていない市町村も夕張市民の気持ちになって考えるべきなのだ。“今日は人の身でも明日はわが身”の例えもあることだ。

●夕張市民よ、居直ったほうがいい。テレビ局のレポーターにマイクを向けられても、誘導尋問に乗ってはいけない。テレビ局は決して夕張市の味方ではない。ただ、人の不幸が面白いから報道しているだけだ。今は、何より市民の連帯こそが生きる道だ。

●いじめや夕張だけではなく、次々と暗い気分になる事件が起きている。酔っぱらい運転、振り込め詐欺、サラ金、広がる格差、ワーキングプア、保険会社の不払い、天下り、公共工事の談合、論文のねつ造、公務員の裏金づくり、自殺、虐待・・・どうしてこんな日本になってしまったのか。

●日本を立て直すために、ある人は武士道に学ぶべきだという。また、ある人は憲法を改正すべきだといい、ある人は愛国心を醸成すべきだといい、ある人は政治の貧困だといい、ある人は競争社会のせいだという。これらのどれもが当たっているようで、どれもが外れているような気もする。われわれはどうしていいか分からない。そして、最後は、「それでもイラクよりはいいんじゃないか」とか「北朝鮮と比べたら天国じゃないか」などと、極端な国と比べて自らを納得させている。

●夢も希望もないようだけれど、それでもあきらめずに、黙々と地域のために汗を流してる人はいる。そんな人に出会いたくて、全国を歩きまわっている。生きていくには、お金

は必要だけれど、お金がすべてではないと考えている人たちの潔さを、本誌は伝えていきたいと思う。 (K.S)

かがり火No114 編集後記

●「中山間地」「過疎化」「高齢化率」などという言葉を本誌は何気なく使っているようだけれど、実はこれらの言葉を使うたびに後ろめたさを感じている。実際に山間の集落に住んでいる人は、このような言葉は、まず使わない。まして、「うちの集落もついに『限界集落』になりました」などとは絶対に言わない

●都市に住んでいる学者や官僚やマスコミが、論文や報告書や記事を作成するときに便利だから編み出した言葉だろうけれど、便利な言葉だけに、むやみに使えばそれだけ実感が遠のいてしまうと思っている。「過疎」という言葉を使えば使うほど、過疎の人の気持ちが分からなくなる

●昔、「後進国」と言っていたものが、今は、「発展途上国」と言うようになった。一見、先進国の思いやりのように見えるけれども、相手が望んでもいないのに、勝手に新しい名称を考え出して呼び方を変えるのは、優位な立場にあるものの思い上がりと言えなくもない。

●医者が難病の患者と対峙したとき、あらゆる検査の後で、ぴったり当てはまる病名を発見して安心するようなものである。だからといって少しも患者の治療には役立たないのに。

●「地域行政」「地域振興」「農業経済」など、地方を飯のタネにしている専門家たちのほとんどが、都市で生活している。そのせいではないだろうけれど、発表される論文や政策が実際に地域に役立っているものは少ない。研究は研究として自己完結しているようだ。

●村の暮らしが壊れて、朽ち果てた家が雑草に埋もれている集落を歩いていると、これは経済発展から生じた構造的かつ必然的な結果ではなく、人為的な犯罪行為があったのではないかと疑ってしまう。突拍子もないことを言うようだが、日本の地方は被害者で、都市が加害者だったのではないか。加害者が用いた凶器は刃物でも銃でもなく、経済発展だけが唯一の善と考える“市場万能主義”。この犯罪は、地域から人をさらっていった。そして、村から会話も笑いも消えた。

●本誌がなぜかくも地域の衰退を憂えているかといえば、地域の衰退は人々の暮らしから未来を取り上げてしまうことになるし、そのまま自然の荒廃にもつながっていくと思うからである。自然の荒廃は、われわれから詩を奪う。歌を奪う。詩や歌を失った国ほど悲惨なものはない。考え過ぎだと言われるかもしれないが、50年後の日本の地域を想像するとき、それはあながち本誌の強迫観念から生ずる幻想とは思えないのである。

●かくなれば、加害者を取り締まる法律をつくるしかない。そこで本誌は、独断と偏見で新しい法案をつくって、地域を活性化することを思い付いた。題して、『かがり火・特別地域づくり法案』という企画である。支局長たちから、興味深い法案を寄せていただいたので、次号の予告を兼ねて、その一部を紹介したい。

・「過疎地救済のための住民票移転に関する法律」(富と人口の偏在を正すために、一定の所得を超えた高額納税者は、強制的に過疎地に住民票を移さなければならない。お金持ちの住民税を過疎地に払い込んでもらうための法律)

・「酸素消費税」(都市部は農山村で生産される酸素の恩恵を被っているが、農山村が維持できなければ酸素も少なくなってしまう。そこで、都市部の人口に応じて目的税を課し、それを農山村の生業支援として、直接所得補償に充てる)

・「国家公務員の採用に関する法律」(中央省庁に就職を希望する者には、東西2カ所以上の過疎地での生活体験を課する。地方の実態を十分に把握してもらうため)

・「人口密度適正化法案」(市町村合併の目安として、人口1万人未満の自治体をなくすと言われてきたが、人口が多くなることが効率が良くなることにつながるとは思えない。市街化区域における人口密度を一定以下に抑えるため、その適正値を超えた市町村からは交付税を減額する)

・「旧市町村名を新市町村名に付記する条例」(道路標識やマスコミ報道では、必ず、旧市町村名を付記すること。何故に、地方が、小泉内閣に不当侵略されて地名まで変えねばならないのか!)

・「持ち回り市民議員制度に関する法律」(地方議会に一定数の持ち回り市民議員を設ける。新設された『裁判員制度』と同じで、素人に裁判員が務まるなら、議員は十分に務まる。民間からの閣僚就任と同じ制度)

・「商店街活性化のための空き家の家賃低減条例」(シャッター街になっているにもかかわらず、家主が家賃を下げないから入居者が集まらない。空き家になった店舗の家賃を強制的に下げさせる)

・「高校野球部スカウト禁止法」(高校野球は郷土愛をはぐくむにはいいイベントだが、スカウトで集められた県外の生徒たちによる現状のような野球部では、真の郷土愛・地域活性化にそぐわない)

・「地場産品使用条例」(公共施設内で営業している飲食店には、地場産品を一定割合で強制購入させる)

●奈良県下北山村の野崎和生さんからは、「かがり火購読法」という提案があった。「かがり火」を公共機関の必読図書として、自治体の規模により購読数を法で定めて購入を義務付けるというものである。これはいい! すぐにも法制化してもらいたい。

読者の皆さんも面白法案を考えていただけませんか。締め切りは11月10日です。ユーモアとエスプリで面白い法案を考えて、編集部あてお寄せください。

【お願い】

■支局長名鑑の改訂版を作成中です。過日、支局長あてに掲載内容変更の有無を確認するためのコピーをお送りいたしましたが、まだご返送いただいていない方がいらっしゃいます。変更や修正のある方は、10月末日までにご返信いただきたくお願い申し上げます。なお、新たに支局長名鑑に登録ご希望の方は、編集部にお問い合わせください。 (K.S)  

かがり火No113 編集後記

●本誌はサッカーに関しては完全な素人である。オフサイドというのがどんな反則なのか分からない。ツートップとかフォーバックとかいわれたらちんぷんかんぷんである。そんな素人であっても、日本はオーストラリアには勝つものと思っていた。なぜなら、新聞やテレビがそのように喧伝していたからだ。

●スポーツ新聞には、“魔法の左足”とか、“弾丸シュート”とか、“サムライブルー”といった、血わき肉躍る見出しが躍っていた。誰だって、日本は強い、予選は突破できると思ってしまうじゃないか。日本はオーストラリアには勝って、クロアチアとは引き分け、ブラジルには負けて、1勝1敗1分けで決勝トーナンメト進出というシナリオが、まるで常識のように語られていた。

●ある新聞には、ドイツのスタジアムは30度を超す暑さが予想されるので、体力勝負になるだろうが、体の大きいオーストラリア人のほうが日本人よりも早くバテてしまうから日本が有利という、今考えると噴飯もののコラムまで載っていた。

●結果はご覧のとおりである。マスコミの扇動にわれわれは乗せられて、“勝ちたい”が“勝てるかもしれない”になり、そして“勝てる”と思い込んでしまった。一連のマスコミの予測には何の根拠もなかったのである。待てよ、こういう状況は以前にもあったような気がする。

●太平洋戦争に突入する前のマスコミと日本人の心理は、今度のサッカーとよく似ているのではないか。どのように分析しても日本はアメリカに勝つチャンスなんかないのに、軍部は都合のいい情報を流して、国民をあおり立てた。マスコミも国威発揚の記事を書けば新聞が売れるものだから、軍部と一緒になって扇動した。冷静な、あるいは悲観的な見方をする知識人はにらまれたり、拘束されたりした。

●今度のサッカーでも、日本のチームを否定的に論評するコメンテーターは、テレビや新聞から嫌われたらしい。また、テレビに出るサッカーの解説者たちは、日本にとってネガティブなコメントは避けてほしいと事前にディレクターからくぎを刺されていたという。

●戦時とよく似ていると思うのは、もう一つある。敗戦が決まった後のマスコミの鮮やかな変身ぶりだ。手のひらを返したように、ジーコ監督を批判し、また、自己批判らしきそぶりも見せた。これなども、戦争に協力していたものが、戦後はいち早く転向して民主主義を唱え始めたのに似ている。マスコミも国民も本質は60年たっても変わらないものらしい。

●今度の村上ファンド騒動では、日銀総裁までが投資していたことに驚いたが、それ以上に、閣僚も務めた高名な評論家のコメントにもびっくりした。

「村上前代表への批判の矛先が変わって、自由な投資行動を抑制する論調や、日本の資本市場全体に対する批判に結び付けられる可能性がある。反動で古風な勤勉倫理が重視され、『額に汗して働く』ことが一番の美徳とされれば、農本主義への回帰だ。金融技術の発達や、知的財産といった新たな価値の創造も阻害しかねない」

●農本主義に回帰することが、いかにも時代に逆行しているようにおっしゃっているが、われわれは米を食っているのであって、札束を食って生きているわけではない。いかに農業が機械化されつつあるといっても、「額に汗して働く」ことなしにどんな農作物も収穫できない。わが国のエリートたちがこんなかたちで労働と農業を否定してしまっては、どんな未来を思い描くことができるだろう。額に汗して働くのは愚か者だといわんばかりのコメントに接すると、本誌がこれまで紹介してきた農家が侮辱されたようで悔しい。つくづく悲しくなる。

●経団連の前会長も新会長も、日本の目指すべき方向は、“技術立国しかない”とおっしゃる。この言葉に特別、異議を差し挟む気はない。しかし、この言葉の裏には、そのためには農林漁業などの一次産業は犠牲にしても仕方がないというニュアンスが込められている。少なくとも、技術立国と農業立国の両立を目指すという発想は全くない。

●また、日本の指導者たちは、日本には成功した者を嫉妬する根強い感情が支配していると言う。成功したものが得た富を、貧乏人がねたむのは健全な資本主義の発展を阻害するものだと言いたいらしい。失礼ではないか。少なくとも本誌は、成功した人間が何十億何百億を稼ごうが、それに嫉妬したりするほど品性は下劣ではない。

●金持ちになった人たちが外国に家を持つのが流行しているらしい。バカンスを楽しむためではない。日本の税制では、1月1日時点での居住地に個人住民税の納税義務があるから、住民税を逃れたい金持ちたちは、毎年、元日を外国で迎えるためである。半年未満しか日本に滞在していなければ「非居住者」となって、課税範囲が減るので、滞日日数を計算して巧みに日本と外国を往来しているということだ。金持ちになったことがないから金持ちの気持ちは分からないけれど、どっちの品性が下劣かはおのずから明白だろう。

●艱難辛苦して成功した人たちが税金を逃れたい、あるいは相続税を免れて資産をそっくり子孫に譲りたいなどというが、この人たちは商売を自分の才覚だけで成功したと思っているようだ。しかし、それは誤解ではないか。商売は社会があって成り立っているということを忘れている。“俺は商売の天才だ”と叫んだところで、ものを売る相手もいなかったならば、商売は成り立たなかったはずだ。商売は一人ではできないものなのだ。税金を払いたくないために日本を脱出する、金持ちとは恐ろしいことを考えるものだ。

●格差社会が進んでいるといわれているが、この格差というのは、お金の多寡よりも、精神性のありように大きな格差が生じてしまったことをいうのではないか。今の日本には、額に汗して働くことを美徳と考えている人たちと、額に汗して働くことを軽視する人たちと2種類の日本人が住むようになった。(K.S)

かがり火No112 編集後記

●アメリカ映画を見ていると、裁判で証言台に立つ人は聖書に手を置いてうそ偽りを述べないことを誓わなければならないようだ。日本の場合は、聖書に代わるものがない。法華経を持ってこようが般若心経を持ってこようがしっくりこない。だから、国会の証人喚問などでは、「良心に従って、真実を述べ、何事も隠さず、また、何事も付け加えないことを誓います」というようなことを言わせられるようだ。だが、もともと良心がどこにあるか分からないような人たちがその席に立つ場合が多いので、その効力は甚だ心もとない。

●また、“おふくろに誓って”というセリフがギャング映画によく出てくる。ギャングでも何か誓わなければならないことはあるのだろう。しかし、日本の場合は、“おふくろ”といえば高齢者、介護、老人ホーム、認知症と連想が働くようになってしまったから、これも迫力がない。

●現代の日本人は、何か誓わなければならないときに、一体何を持ち出せばいいのだろう。“天地神明に誓って”とか、“八百万の神に誓って”と言っても芝居がかっている。それより、美空ひばりや石原裕次郎の曲に誓ってというほうがリアリティーがあるような気がする。若い人ならユーミンやB,zに誓うかもしれない。それじゃ、お前は何に誓うのかと問われたら志ん生のCD全集と答えたいところだが、ちょっとキザな言い方をすれば“ふるさとの山河”と答えたい。この場合のふるさとというのは私自身のふるさとというよりも、訪ね歩いた地方の感動的な風景という意味である。もし、裁判長に上野村楢原、天龍村神原、宇和島遊子などの集落を持ち出されて、“汝、これらの風景に誓って真実を述べるか”と言われたら、一も二もなくハイハイと素直に従うしかない。

●実際、善悪や正邪の判断を迫られるときは(そういう機会はめったにないが)、自然にそのような光景を思い浮かべていることが多い。そのふるさとの山河が荒れている。山を切り崩したり、川を埋め立てたりしている。私にはそのような行為は、良心を埋め立てているのと同じ行為に映るのだ。政治や経済が少しぐらい混乱しても構わないが、ふるさとの山河だけは昔のような光景であり続けてほしい。

●来年の参議院選挙を目指して、与党も野党も候補者を公募している。公募というのは、隠れた有能な人物を発見するには有益な方法かもしれないが、一方で、よほどの人材不足であろうことも想像がつく。昨年の衆議院選挙で当選した小泉チルドレンたちに次の政治を託そうと考える人は皆無だろう。つまり政界は、後継者難で層が薄い。サッカーや野球は次から次と若い世代が台頭しているから安心である。

●それでは、“地域づくりリーダー界”はどうだろうか。これは深刻な後継者難なのではないか。本誌を創刊した19年前と同じ人物が現在もリーダーとなって活躍している。フォーラムやセミナーに登場する学者も代わり映えがしない。観光カリスマやマイスターと呼ばれている人たちも、地域づくり人名録などに掲載されている顔触れにも、あまり変化はない。

●しかしながら、10年後はこの人たちの半数は確実に一線を退いていることだろう。それなのに後が育っていないのである。政界、経済界、学術界、スポーツ界、芸能界、音楽界など、他の分野と比べてみても、地域づくり方面がいちばん層が薄いような気がする。

●つまり、後継者を真剣になって育ててこなかったということにならないか。地域によっては大物のリーダー同士が今もって角を突き合わせているところもある。意見や手法の違いから来る反目もあるようだが、そんなことをしている時間はないのではないか。地域リーダーが今、何よりも力を注がなければならないのは、若手の育成なのではないか。

●本誌では『若者は荒野を目指す』というページを設けている。多少、分かりにくい表現や論理的な矛盾があっても、若者の情熱が感じられる文章なら掲載することにしている。本誌に寄稿することがきっかけとなって地域に関心を持ってもらいたいからだ。

●小泉さんは歴代総理と比べたら、圧倒的な人気を誇った人だった(もう過去形にしてもいいだろう)。これまで日本の総理大臣は派閥の力関係に翻弄され、官僚の手のひらで踊らされているような存在で、アメリカ大統領のような大きな力はないものと思っていた。しかしあにはからんや、小泉さんは自衛隊をイラクに派兵したり、郵政を民営化したりで、強大な権限のあることを示してくれた人でもあった。

●その総理は、「聖域なき構造改革」「官から民へ」「自民党をブッ壊す」「人生いろいろ」「米百俵」「自助努力」など数多くの名言を残した。それまでの総理が、何を言いたいか分からないような人が多かったから、自然に人気が出た。小泉さんの発してきた言葉は、練りに練った作戦として出てくるのか、とっさのアドリブで出てくるのか分からないが、巧妙なのは即座に相手が反論できない言葉を選択していることである。

●例えば、“努力するものが報われる社会をつくる”と言う。このどこがいけないかと問われて、直ちに反論できる人は少ないだろう。努力した人が報われるのは当然だと誰もが思う。努力しても冷や飯を食う社会がいいなんて誰も思わない。靖国参拝にしても、“心ならずも国のために命を落とした人に哀悼の誠をささげることがなぜいけないのか分からない”と言われれば、保守派にしろ革新派にしろ、国のために命を落とした人を無視しろとは言い難い。

●しかし、絶対的真理、絶対的正義のようにみえるフレーズには実は巧妙な仕掛けがある。“努力するものが報われる社会をつくる”というとき、われわれは何とはなしにうなずいてしまうが、それではこれまでの日本が、努力しても報われない社会だったのだろうか。そうではあるまい。松下幸之助さんや本田宗一郎さんや盛田昭夫さんたちは努力して成功し、それなりに報われた人生を送っている。スポーツの選手にしろ、芸術家にしろ、努力して成功した人は、何も松井やイチローを持ち出さずとも報われているのである。

●だから、小泉さんのフレーズを解析すれば、真実は、“努力して成功した人の報われ方が少なかった。これからは成功した人のうまみは今まで以上に多くなければならない”と言っていることになる。この考え方は経済界の指導者たちとぴったり一致している。

●私は、小泉さんにも経団連のお歴々にも聞いてみたいのだ。“あなたの良心ともいうべき日本の風景はどこですか”と。心にふるさとの山河を持っていない人は、どんなに富を蓄積したとしても、寂しい人に違いない。(K

.S)

かがり火No111 編集後記

●映画「三丁目の夕日」がヒットした影響でしょうか、書店には戦後の『昭和』をテーマにした書籍や写真集がたくさん並ぶようになりました。ちょっとしたブームのようです。

人は誰でも二度と戻らない過去を懐かしむものですが、昨今の乾ききって、殺伐とした空気にさらされていれば、貧乏ではあったけれども、家族が一つのちゃぶ台を囲んでいた時代がひとしお懐かしく思い出されるのでしょう。

●暮らしは今のほうがはるかに便利です。あのころは電話はまだ普及していなくて、呼び出し電話というのがありました。冷蔵庫は氷の固まりで冷やす木製のものでした。テレビだってお金持ちの家にしかありません。あの貧乏だったころを懐かしんではみても、本気であの時代に戻りたいと思っている人は少ないのではないでしょうか。それでも、なぜ人は昔を恋しがるのか。

●あのころ、わが家の台所にはハエ取り紙がぶら下がっていたものです。家の中にも外にも虫がいっぱいいました。何かの拍子に、ハエのべったり付いた真っ黒なハエ取り紙にほっぺたをくっつけてぎゃーと悲鳴を上げたことも二度や三度ではありません。トイレは「ぽっとん式」で、黄金車が長いホースで定期的に汲み取りに来ていました。車が帰った後でも、しばらく臭かった。

●夏の夕方、ごはんを食べている時に、みそ汁の中に蛾が舞い込んでくることもしばしばでした。あの時代を思い出せば、鼻の奥がツーンとなるほど懐かしいとは思うけれども、あの時代に戻りたいとは思いません。ただ、あのころは、人は人に優しかったように思うのです。人懐こさというのでしょうか、社会に親和力があったように思うのです。

●こんなことをいうと、必ず「昔だって悪いやつはいた。高利貸もヤクザもいたし、自殺もあった。人をだましてもうける人間もいた。現在の繁栄を享受しながら、昔の良さだけを懐古するのは、ないものねだりのわがままだ」と言う人がいます。しかし、私は昔の貧乏やワルは、現在のものとはどこか違うような気がしてならないのです。繁栄は必然的に精神の荒廃をもたらすのだろうかということを考えています。優しさを保ちつつ繁栄する社会を築くことは不可能なのか、ということを考えています。

●マンションの耐震構造偽装事件に続いて、ホテル東横インの問題がありました。あの社長の記者会見を見ていて、おやっと思ったことがありました。「半年に一回も来ない人のために空けておくのはもったいないと思った」という意見です。一定以上の大きさのホテルは、障がいのある人のために、それに対応する部屋を用意しなければならないと決められているのですから、それを破った社長が非難されるのは当然です。しかし、どこかに理屈もあるような気もしました。資本主義というのは徹底的にコストダウンを図り、最大限の利益を上げるものだったはずです(本誌ガ資本主義ヲウンヌンスル資格ハ全クナイノデスガ・・・・)。

●耐震構造偽装の証人喚問では、建設会社の支店長が、“徹底的にコストを削減しろとは言ったけれど、それは法律を破ってまでもという意味ではなかった”と証言していました。最大限の利益を上げるということと、法律を遵守するということは矛と盾の関係なのではないか。少なくとも、薄紙一枚の極めて危うい違いでしかない。この違いを分かりやすく、はっきり説明してほしいと思ったのですが、誰も教えてくれません。節度のある資本主義って本当にあるのでしょうか。

●全国の社長さんたちは、毎日、社員に売り上げを伸ばせとハッパを掛けているはずです。“ただし、くれぐれも法律は破ってはいけないよ”と訓辞しているでしょうか。

もし、善良なる社員が、「社長、そうまでして売り上げを伸ばすのは反社会的行動ではないでしょうか」と発言したら、その社員の運命がどうなるか容易に見当がつきます。

本誌は、東横インの社長や建設会社の支店長を擁護しているのではありません。資本主義のあいまいさを教えてくれた事件だったということを言いたかったのです。マスメディアは社長、支店長をつるし上げるだけで、資本主義の本質に触れなかったことに欲求不満が残りました。

本誌が、ビアスの『悪魔の辞典』風に記述するとすれば、“資本主義とは、自分さえよければ後はどうなってもいいという思想”だと思っています。

●資本主義といえば、中国はすでに社会主義ではなく資本主義になっているのではないでしょうか。日本で格差が問題になっていますが、中国の格差は日本より進んでいるようです。一方で、GNPや外貨準備高は驚異的に伸びており、外国の企業を買収したり、後進国に援助して、いけいけどんどんの勢いです。この繁栄は資本主義と社会主義を使い分けているから当然です。都市部が繁栄し農村部が遅れている状況には資本主義を当てはめているし、報道機関の検閲には社会主義を適用させています。中国は先進国に追い付くために最強の体制を編み出したのです。

●中国は資本主義と社会主義のいいとこ取りをしているから、怖いものなしなのです。日本だって、マスコミを検閲し、政府に不利な報道を規制したら、どれだけ社会コストが軽減されるか分かりません。国民はそれを望んでいないから、膨大なコストを掛けざるを得ません。そのコスト負担は国民が認めています。日本だって中国式を取れ入れているなら、普天間も牛肉も格差論争も、あっという間に解決していることでしょう。

●私は、中国の社会主義内資本主義というのか資本主義内社会主議というのか分かりませんが、日本も大いにまねるべきだと思っています。人口も少なく、産業も地域資源もない過疎地に競争原理を当てはめるのは無理があります。競争する共通の地盤がすでに失われているのです。過疎の地域は無税にし、公共料金は免除することを提案します。資本主義内社会主義にしたほうが幸せになる土地があちこちに生まれています。 (K.S)

【お願い】市町村合併により、住所表記が変更になっているところが出てきています。誠にお手数ですが、変更のあった市町村の読者の方は、FAXかメールでご連絡いただきたくお願い申し上げます。

 

かがり火No110 編集後記

●テレビに向かって悪口を言うのは老化現象の始まりだというけれど、つくづく彼らはいいかげんである。

ホリエモンを選挙に担ぎ出した責任を問われた小泉さんは苦し紛れに、「あの、メディアの持ち上げ方は一体何ですか」と居直った。それで、テレビも少しは反省の色を見せなければまずいと思ったのだろう、「メディアはホリエモンをどう報道してきたかを検証する」というような番組を放映していた。一見、殊勝のように見えるが、よく注意して見ると、今まで放映したビデオのなかから、ホリエモンに批判的だった場面を拡大し、手放しで持ち上げたりヨイショしている場面は縮小して、ビデオを再編集している。それに新しいナレーションを吹き込んで、あたかも最初から、ホリエモンの偽善性や危険性を察知していて、批判的に報道してきたかのような印象を与えるように作り替えている。これを粉飾決算ならぬ、粉飾放映と言わずして何と言おうか。

●悪口の言いついでに、テレビで「額に汗して働く人が損をしない社会をつくらねばならない」と言っている政治家や評論家やコメンテーターたちにもケチをつけたい。額に汗して働いている人は、「私は額に汗して働いている」なんて言わない。黙々と働いている。額に汗して働く人の味方のようなことを言っているご本人たちは、どう見ても額に汗して働いているようには見えない。臨機応変、世間に聞き心地のいいことを言って手軽に稼いでいるように見えるのだ。

●今の日本が何となくどんよりと雲がたれ込めているように感じるのは、ホリエモンのような人物がのさばっている以上に、言葉巧みな人間がもてはやされ過ぎているからではないか。昔は口が達者でも、内容が伴わない人間は世間が相手にしなかった。寡黙でも実直で、黙々と働く人は一目置かれていた。今は、自分で自分を売り込めない人は評価されない時代になってしまった。だから、自分の実力は5しかないにもかかわらず、世間には10あるように見せ掛ける技術は、立派な能力と思われるようになった。

昔は、自分で自分を宣伝することは恥ずかしいことだったのに、今は大いに奨励されて、自己表現力のある人ということになった。この自己表現力過多人間が、テレビを通じて社会に空虚をまき散らしている。

●テレビの悪口を言い出したら止まらない。読者諸賢からは、テレビを見るから腹が立つのだ、最初から見なけりゃいいじゃないかといわれそうだが、そこが凡人の浅はかさ、ついつい見てしまう。

テレビが地方を取り上げるときの視点がまた気に入らない。温泉を巡り、うまいものを探して旅をするというものばっかりだ。二流タレントが田舎に行って、まったく見ず知らずの家に泊めてもらおうという図々しい内容のものまである。このときの宿泊の謝礼が、たったの1万円だと聞いた。

あるいは、田舎のお人好しの夫婦を登場させて、そのボケぶりにお笑いタレントたちが笑い転げるというのもある。見ようによっては、田舎の人たちのほうが、テレビを逆手に取って遊んでいるといえないこともないけれど、常々、都市と地方の信義ある交流を推進しようとしている本誌としては、苦々しくてならないのである。

●こうまで地方をばかにしていたら、いつか必ず復讐されるぞ。たった60数年前、都市住民は、地方に泣きついて、どんな思いを味わったか思い出してみるがいい。

●戦中戦後の食糧難時代、都市の住民は食べるものがなくなって、衣料や雑貨などを持って、近隣の農村に買い出しに出掛けなければならなかった。貨幣経済が崩壊し、お金なんて何の役にも立たない。そんな体験をした人の話を聞いたり、本を読んだりすると、おしなべて農家はつっけんどんで無愛想で、木で鼻をくくるような応対だったらしい。

高価な花嫁衣装を差し出してもサツマイモ数本しかくれなくて、それでも仕方なくイモを手に泣きながら帰ってきたという話を聞く。都市住民は農家の前で、卑屈な追従笑いを浮かべて同情を引くような態度をとらねばならなかった。

●農村には、同じ国民として戦争を戦っているという意識よりも、農業を足げにしている都市住民に対して反感が鬱積していたのだろう。“都会の奴ら”という感覚だったと思う。

●さて、もし再び食料危機がやってきたとしたら、現代の都市住民は何を田舎に持っていって食べ物と交換してもらうのだろう。タンスの底から着古したスーツやコート、あるいは家電製品や何かを持っていっても、まるで相手にされないだろう。農家のほうにもモノは余っているのである。パソコン、薄型テレビ、ゲーム機、デジカメ、DVD、何でもある。都市にだけあって田舎にないものなんてない。

●農家が欲しいものを都市住民は何も提供できないのだ。いまの農家は寛大で優しい人ばかりだというわけではない。交換できるものが何もなかったら、都市住民は一握りの米にありつくために、農家の庭先で歌を歌ったり、踊りを踊ったりしなければならなくなる。額に汗して働いていない人たちよ、マネーゲームにうつつを抜かしている人たちよ、悪いことは言わない、今から芸事を習っておくことをおすすめする。私も昔習った“カッポレ”をおさらいしておこう。                   (K.S)

                 ※

■皆様に大変ご心配をお掛けしておりますが、近況をご報告申し上げます。早いもので肺がんを発病してから3年たちましたが、おかげさまで徐々に回復しております。手術をせずに抗がん剤で治療を続けておりますが、その薬がよく効いているのか、がんは大きくならず病状は安定した状態にあると、医師から心強い言葉を頂いております。

昨年の10月には、1時間半にわたる講演もいたしまして自信もつきました。また、時々山形県小国町に温泉療養に行きまして、闘病生活のストレス解消に努めています。

読者の皆様には多大なご迷惑をお掛けしておりますが、いましばらくお待ちいただければ必ず誌面にもカムバックいたしますので、ご猶予を賜りたくお願い申し上げます。                                          (編集人 森巌夫)
かがり火No109 編集後記

●本年の流行語大賞は「小泉劇場」ということだ。自民党が圧勝したのだから、まあ、文句の付けようがありません。あの小泉劇場の最大の見せ場は、何といっても衆議院を解散した直後の記者会見ではなかったでしょうか。
「ガリレオは『それでも地球は動く』と言ったそうです。私はもう一度国民の皆さんに聞いてみたいんです」という名セリフ、決まっていました。でもねえ、国民がかたずをのんで注目している大舞台で、何の邪魔も入らず、用意周到に準備された独白を聞いてもらえるんだもの、小泉さんではなくとも、大抵の世論は誘導できたんじゃないか。
●もしも、野党の党首にですよ、あのような舞台を提供して、「ガリレオは『それでも地球は動く』と言ったそうです。私はもう一度国民の皆さんに聞いてみたいんです。本当にイラク派兵をするべきだったのかどうか」と言わせたら、おそらく国民は圧倒的に反対だと言うに違いない。
●仮にですよ。もしも本誌にあのような機会を与えていただけるならば、国民に問い掛けてみたいことがある。
「ガリレオは『それでも地球は動く』と言ったそうです。私はもう一度国民の皆さんに聞いてみたいんです。市町村合併は本当に必要だったのかどうか」。
 これは自信があります。ゼッタイに合併反対と言う人が多くなるはずです。
●小泉劇場の登場人物の一人、杉村太蔵クンの「料亭に行きてぇ」が流行語にノミネートされなかったのは残念だ。あの発言のすぐ後で、森前首相が「不謹慎だ」と怒っていたのがおかしかった。
 落語に「親子茶屋」という噺がある。放蕩息子にさんざん説教している父親は、実はこっそり茶屋通いをしている。ある日、ばったり茶屋で息子と鉢合わせをする。父親が照れくさそうに“倅か。博打だけは・・せんように”と説教するという噺だ。何か似ているじゃありませんか。
●テレビのニュースキャスターやコメンテーターという人たちにあまりいい印象を持てないが、ある番組で、「日本の社会のありようは、アメリカ型よりもフランス型を目指すべきだ」と発言していた人がいた。この人は、アメリカが駄目ならフランスがあるさと言いたいらしい。フランスが駄目ならイギリスか、イギリスが駄目ならスウェーデンとでも言うつもりなのか。なぜ、日本型に自信が持てないのだろう。こういう人たちが世論をつくる役割を担っているのだから、うんざりする。
●景気が良くなってきた証拠なのか、周辺でまたチラホラ、株の話をする人が増えてきた。金持ちでもなく投資家でもない、ごく普通の善良な市民たちである。株価が少し上がると、むくむくとあわよくば根性がわいてくるものらしい。人さまのやることにケチをつける気はないけれど、あまり公的な場所で話し合ってもらいたくない。そういう話題が好きな人は、喫煙席のように特別の席だけで話してもらいたい。幾らもうけたとか損したとか、こんな話題はどちらかというと下ネタに属するものではないか、もっと恥ずかしげに隠れてしゃべってもらいたい。
●最近、「勝ち組」「負け組」とか、「富裕層」とか「下流社会」という言葉が新聞や雑誌でやたらに目につくようになった。あまりいい気持ちがしないな。もともと勝ち組とは、ブラジルに移民した人たちの中で、日本の敗戦を信じなかった人たちのことをいうのだろう。素直に敗戦を受け入れた人たちを負け組というのに対して、過剰に愛国心に満ちあふれた人たちは、日本は負けるはずがないと言い張った。過激な結社までつくって、負け組に乱暴をはたらいた哀れな人たちだ。客観的な事実を受け入れて、社会の変化に素早く対応できた負け組よりも、勝ち組は辛酸をなめている。だから、成功して、快適な生活をしている人を勝ち組というのは当たっていない。
 競争社会の中でうまく立ち回れず、信念はあっても、お金を稼ぐ才はなく、愚痴と負け惜しみばっかりを言っている人をむしろ“勝ち組”といわなければいけない。しかし、この勝ち組の負け惜しみにはシンパシーを感じるものがあるな。(S.K)
■高知県馬路村農業協同組合から、2006年用のカレンダーを寄贈いただきました。タイトルに「時代の風がゆっくり流れる村があります」と書かれています。村の子どもたちが川に潜ったり、アケビを取ったりして遊んでいるイラストが描かれています。部屋に飾っておけば、一年中のどかな気分でいられることを請け合います。先着20名様に差し上げますので、ご希望の方は編集部あて、FAXかメールでお申し込みください。 

かがり火No108 編集後記

●地方での取材が終わると夜は大抵、交流会ということになる。地元の人のたまり場になっている居酒屋か、誰かの家に集まって酒盛りが始まる。乾杯が済んで座がほぐれると、せっかくだから自己紹介を、ということになる。こんなとき、不思議にも職業を言わない人がいる。本人は、“フーテンです”とか言って笑っている。
 周りの人の話を継ぎ足して想像してみるが、その人が何屋さんであるか分からない。台風で壊れた家の屋根を修理しているといっても屋根屋ではないらしい、山からマイタケを探してくる名人だといってもそれで生活が成り立っているわけでもなさそうだ、雪囲いなどのときはなくてはならない存在のようだし、宴会では大受けする芸を披露するという。昔、商売で失敗したこともあるらしい。何となく頼りにされていながら、半分はからかわれているようでもある。どんな地域に行っても、こういうタイプの人が一人はいる。集落の仲間たちが何気なく、その無職の人に賃収入が入るように気を使ってもいるようなのだ。

●名刺に刷り込むような肩書はないけれど、集落の中ではそれなりの存在感を発揮しているような人が、交流会の席に連なっていることに私は深い安堵感を覚える。その集落には、ピンチに陥った仲間を見捨てないという暗黙の了解があるからだ。そういう地域には、ぜいたくをしなければ何とか食っていけるという空気が漂っている。
 集落の住人たちがお互いに、口では乱暴なことを言い合っていても、システムや制度よりも人間関係を重要視していることが分かる。これを本誌は“集落主義”と名付けたい。
●東京には“集落主義”は存在しない。多額の負債を抱えて倒産してしまえば、立ち直りは不可能だ。隠れるところがないし、かくまってくれる人もいない。会社はなくなり、家は差し押さえられ、丸裸にされて、コンクリートの上に投げ出される。隠れるところは川っぷちの段ボール箱の中だ。
●話は変わってアメリカだが、今度のハリケーンでは驚いた。豊かだといわれているアメリカで、車を持っていない人が何十万人もいる。無人となった商店で略奪が横行する。救助に行くのに、銃を携帯しなければならない国がほかにあるだろうか。
●いちばん驚いたのは、大統領の休暇の長いことだ。今回は、非難を恐れてたびたび災害現場を訪れたらしいが、軍隊はイラクで戦争をしているではないか。毎日のように自国の兵隊に犠牲者が出ているというのに、休暇はしっかり取るという考えは見上げたもんである。
 アメリカは、イラクに民主国家を打ち立てようとして戦争を始めた。災害の現場で、泥棒が繁盛する国が、イラク国民に民主主義を教えるとは何という皮肉か。
●日本は、アメリカを自由の国だとあがめてきた。誰でもアメリカンドリームに挑戦できるといって、あこがれた。移民国家だから、刺激も活力もあるともいう。ディズニーランド、マクドナルドハンバーガー、コカ・コーラ、セブンーイレブン、大リーグ、アカデミー賞、スペースシャトル、マイクロソフト、日本にはアメリカがいっぱいだ。
●アメリカの大統領とわが国の首相は、大変に親しい。元首同士が仲良くすることは悪いことではない。けれど、何もこれ以上、日本をアメリカにする必要はないではないか。究極のアメリカ化は市場主義である。
●市場で競争するのが善であり、フェアであるという日本の指導者たちの思い込みは、日本の社会の根幹を危うくする。日本には長い歴史のうえに培ってきた日本的慣習があり、英知がある。
 地域共同体における人と人の付き合い方、子どものしつけ、老人への尊敬といたわり、相互扶助の精神……市場主義はこれらの多様な価値を一気に抛擲することにならないか。
●第一、生きるということは、それだけでしんどいものなのに、わざわざ市場で戦わせて、勝者と敗者を明確にして、いま以上に酷薄な社会をつくることはないではないか。
●市場で競争したくない人は、必ずしも負けることを恐れているからではない。勝つことを恐れて参加しない人もいる。本質的に、自分が勝つことによって誰かが負けたり被害を受けることを、恐れている人もいるのだ。市場主義を手放しで推奨するのは、日本の伝統的精神と相いれない。
●“集落主義”は、日本人が日本人らしく生きていくための最後の砦である。アメリカの自由主義、合理主義、発展主義、個人主義よりも、はるかに優れているのである。(K・S)
かがり火No107 編集後記

●地方都市の商店街の落魄ぶりは見慣れた光景になってしまって、驚かなくなっていたけれど、北海道・岩見沢の駅前商店街の寂れ方にはさすがに息をのんだ。すでに太陽は高く上って、間もなく昼だというのに、シャッターを下ろしたままの店が多く、働いている人の姿を見ることが少ない。通りに人影が少なく、不思議な静寂に包まれていた。

●何か目に見えない巨大な力によって、強引に日常の営みを中断させられたような不気味な静けさだ。アイフル、アコム、プロミス、武富士といったサラ金の看板だけが目立つのも、いっそう町の風景を荒涼としたものにしている。

●このやりきれない寂しさは、さい果ての漁村や山村のたそがれ時に襲ってくる物悲しさとは違う。経済合理性の当然の帰結というべきか、市場経済のたどり着いた終着駅というべきか、わけの分からない怒りが込み上げてくる。

●商店街の衰退は商店主たちの経営努力が足らないからだという評論家もいるけれど、そんなばかな話はない。町の電器屋さんで、誰も冷蔵庫や洗濯機を買わなくなった。郊外に出店した大型店に行けば、価格が2割も3割も安い。個人商店の仕入れ値よりも、大型店の販売価格のほうが安いのである。電器店のおやじさんがいくら頑張っても太刀打ちできるはずがない。

●電器店が苦境に立っているからといって、これは大型店の責任でもメーカーの責任でもない。大型店は値段が安い分、一台でも多くを売らなければ競合店に負ける。メーカーだって、10円でも1円でもコストダウンをして、他社より安くて性能のいいものをつくるのに必死だ。だから大型店の進出は、市場原理の当然の成り行きなのである。だから、われわれは豊かさの代償として味気ない商店街を歩かなければならなくなったのだ、という理屈は頭では理解できる、でも感情が納得しない。

●それにしても、サラ金だけがなぜ跋扈するのだろう。全国どこの街でも、一等地といわれているところにサラ金の看板が林立している。コンビニの店舗数に迫る勢いだ。市場経済は需要と供給で成り立っているというから、借りたい人がいるから貸す人もいるのだろう。しかし、どう見ても活発な経済活動が行われていないようなひっそりした町で、金だけ循環するはずがない。サラ金は、返す当てのない人に金を貸し続けているのである。

●地元の小さな会社に就職した若者が退屈さのあまりパチンコにはまってしまい、揚げ句の果てにサラ金の無人店舗に駆け込むことを需要というのだろうか。年金の受給日まで待てない老夫婦が金を借りることも需要というのだろうか。返す当てのないことを承知していながら、若者や老人に金を貸すことを供給というのだろうか。人間的な営みを限りなく切り刻んでいく酷薄な金の論理だけが進行している町が増え続けている。

●地方都市を訪ね歩けば、商店街の寂れ方にうら悲しい気持ちになるけれども、思わず心が晴れ晴れする光景にも出会う。それは、過疎地とか条件不利地域とかいわれている山村でも、家の前の庭にきれいな花を咲かせていることだ。

●北海道・雨竜町の人たちは道行く人の目を楽しませようと、自宅前の庭にきれいに花を咲かせていた。田んぼの緑と、花壇の鮮やかな白やピンクの彩りが美しい。県や国は膨大な予算を使って、「花博」のようなイベントをやるけれど、過疎地の住民が、訪れる人がいようがいるまいが、自宅の庭でこつこつと栽培し、手入れを続ける精神は、大イベント以上に貴重なものではないか。

 多くの花々は、誰にも愛めでられることなく咲いて、そのまま散っていくだろうけれど、その土地に咲いたという価値は失われはしない。町の将来がどうなるか、暮らしがどうなるか分からないけれど、今日の仕事はおろそかにできないと、町の住民が語り掛けているように思われた。ちょっと季節外れだが、次の歌を思い出した。

ちり散らず人も尋ねぬ古郷の露けき花に春風ぞ吹く慈圓

(K・S)

かがり火No106 編集後記

 

●地方に住んでいる人は見ることができないが、東京には東京MXテレビというのがあって、このチャンネルでは石原慎太郎都知事の定例記者会見の模様を実況中継している。ときどき見ることがあるのだけれど、知事の態度の横柄さは実に見事なものである。昔から態度の大きい政治家はたくさんいたけれど、石原さんは群を抜いている。新聞社やテレビの記者たちが質問するのだが、それが腫れ物に触るようにおっかなびっくりなのだ。

知事の気に入らない質問をした記者は、怒気を含んだ声で「どこの社の者か?」と反問されたり、「もっと勉強してから質問したまえ!」と威嚇されてしまう。

●記者は石原さんの権柄ずくな態度にびびってしまって、質問の答えに納得していないのに、不承不承のままに引き下がってしまう。二の矢、三の矢が継げないのだ。まだ記者の質問が終わっていないのに、「はい、ほかに何かありますか?」とか、「今日はこれでいいね」と、一方的に遮られ、切り上げられてしまう。つまり、完全になめられているわけだ。何だか見ていて、記者たちがかわいそうというか、情けないというか、気の毒というか……。

●変わってこちらは、JR西日本の脱線事故の社長の記者会見である。記者たちは、えらく威勢がいい。遺族に成り代わったかのように声を荒げて質問している記者もいる。案の定、週刊誌によると、「遺族の前で泣いたようなふりをして、心の中でべろを出しとるんやろ」と暴言を吐いた新聞記者もいたということだ。

●事故のあった日、JRの職員たちの中には居酒屋で懇親会をしていた者がいたとか、焼き肉屋に行ったとか、ボウリング大会があったとか、ゴルフをした者がいるとか、執拗に報道していた。マスコミには、企業のモラルを追及するという大義名分があるのだろうけれど、ヒステリックにあおり立てて、自分たちが勝手に興奮してるようにも感じた。

●しかも、あの電車に乗り合わせた二人の運転士が救助活動に加わらず、そのまま職場に直行したことを一斉に非難していたが、ちょっと違うのではないか。JR内の体制についてはよく知らないが、この二人は会社に連絡し、その指示を受けて現場を離れたのであるから、個人的にあれほどまでに非難されなくてもいいはずではないか。少なくとも懇親会やボウリングと一緒に非難するのは間違っていると思うのだ。

●社長のおわびの記者会見で、居丈高に質問する記者に、JRの幹部は「あなたの態度は非礼ではないか」と反論できない。反論できないことが十分に分かっているからこそ、傲慢な態度になる。「真実のために」「正義のために」「国民のために」と信じて疑わないマスコミほど、たちの悪いものはない。石原知事の記者会見とは違うけれど、やはり、かわいそうというか、情けないというか、気の毒というか……。

●戦前のマスコミの無責任さを評論家の半藤一利氏は、その著『昭和史』(平凡社刊)で、次のように書いている。

「世論操縦に積極的な軍部以上に、朝日、毎日の大新聞を先頭に、マスコミは競って世論の先取りに狂奔し、かつ熱心きわまりなかったんです。そして満州国独立案、関東軍の猛進撃、国連の抗議などと新生面が開かれるたびに、新聞は軍部の動きを全面的にバツクアップしていき、民衆はそれらに煽られてまたたく間に好戦的になっていく」

関東軍が満鉄を爆破し、これをきっかけにして戦線を拡大していくことになったのも、絶大なるマスコミの援護があったからだ。

●今のところ、マスコミが都知事にほれ込んで、世論を操縦して好戦的になっていく懸念はないようだけれど、強い者にはふにゃふにゃになり、弱い者には威張るという体質は戦前と変わっていないようだ。

■〈新・浪漫亭〉が変わります。

 本誌読者の皆さまにはご上京のたびにご利用いただきました東京・新宿区の〈新・浪漫亭〉は、体制を一新して再スタートすることになりました。経営陣の交代、内装・外装のリフォーム、新メニューの導入などを行います。新たに小川一朗氏が社長に就任し、陣頭指揮を執ることになりました。

菅原は代表取締役は辞任しますが、引き続き取締役として、都市と地方の交流の拠点としての〈新・浪漫亭〉を盛り上げていく所存です。なお、7月下旬より改装に入り、8月末まで休業の予定です。小川氏の略歴、今後の店の運営形態等につきましては、次号でご報告させていただきます。今後ともよろしくお願いいたします。(K・S)

 

■私たちは本誌をさらに多くの方々に読んでいただきいと願っております。皆様のご友人やお知り合いの中に、「ぜひ、『かがり火』をすすめてみたい」という方はいらっしゃいませんか。

ご紹介いただきました先に、見本誌既刊号1冊を無料でお送りさせていただきます。 巻末のとじ込みはがきかファクスでご紹介ください。到着後1週間をめどにお送りいたします。

かがり火No105 編集後記

●取材で地方を訪ねるときは、役場の方などをはじめ現地でもいろいろな方のお世話になる。取材相手との時間を設定していただくこともあるのだが、あらかじめ約束している人以外に、「紹介しておきたい人がいるから、ちょっと寄っていきましょうか」と言われることもしばしばである。事前に電話をしている様子もないので、アポなしの訪問である。突然の訪問だから、相手は、いる時もあれば、いない時もある。

 田舎の人は玄関先で声を掛けるだけではなく、まるで自分の家のように奥まで、どんどん入っていくのがおかしい。

●何気ない風景のようだけれど、これは刮目すべき慣習ではないか。都会では、予約なしに訪問するのは不可能になってしまった。ずいぶん親しい関係でも、突然、訪ねると嫌な顔をされる。転居通知のはがきなどに、「お近くにおいでの節はお立ち寄りください」とあるけれど、うっかり真に受けて立ち寄ろうものなら、ばつの悪い思いをすることになる。

●それで、アポイントメントを取ろうとすると、今度はずいぶん先の日時を指定されて鼻白む思いをすることがある。今週は時間を取れないという人、今月いっぱいは駄目だという人もいる。なぜそんなに忙しいか分からないが、数カ月先を指定する人もいる。

●そういう人の手帳をのぞいて見たいものだ。恐らくスケジュール表は真っ黒に塗りつぶされているのだろうが、その一つ一つの中には、つまらない用事もたくさんあるに違いない。

●こうして、現代人は取るに足らない瑣末な用事に忙殺されて、何がいちばん大切な用事であるか分からなくなっている。

●田舎の人が、突然訪ねてくれた人にお茶を出し、しばし今年の農作物の心配などを語り合うこと以上に、世の中に大切な用事もそう多くはあるまいと思うのだ。

●本誌は地域にひとかたならぬ肩入れをするのは、ただ単に自然の美しさや人間の素朴さに憧憬しているからではない。田舎には、われわれが守らなければならない日本人の精神性があると思っているからだ。田舎の人情で癒やされるというような、やわな感情ではない。もっと強固なもの、グローバルスタンダードに太刀打ちできる思想が存在していると確信しているからである。

●不意の訪問客を歓待するのは、素晴らしい文化なのである。(K・S)

かがり火No104 編集後記

●Nさんは自然保護に熱心な人である。天ぷら油は流さないし、分別ゴミは神経質なほどにきちんと分けるし、NPOや行政の主催するシンポジウムやセミナーなどにも積極的に参加する。

 食卓に上るものは無農薬や有機野菜が中心のヘルシーなメニューである。スーパーで買い物をするときは、パッケージに印字されている賞味期限や添加剤を穴のあくほど見る。

 たばこなどは論外で、Nさんの家には灰皿はないし、屋内は全室禁煙である。Nさんに会うたびに、自分はいかに環境や健康に配慮した生活をしているかを聞かされる。

●彼女の信念は非の打ちどころがない。反論すべき余地はない。しかし、私はこの人と会うのが苦手である。いや、苦痛でもある。彼女はいいものと悪いものを峻別していて、悪いという烙印を押したものにはいささかの容赦もない。私はこのような彼女に対して“ドクゼンテキ” あるいは“ジコマンゾク”という言葉がちらりと頭に浮かんでしまう。自分がやっていることはすべて善であるという思い込みに辟易してしまうのだ。

●地域づくりに熱心な人たちにも、このような雰囲気を漂わせている人がいないわけではない。自分がこれほど地域のために一生懸命にやっているのに、なぜ周りの人間は私を手伝わないのかという不満である。周囲の無理解に怒りをぶつけている。その怒りの中に、ある種のエゴイズムが含まれていることを少しも疑ってみない。このときの不満の対象が往々にして行政であることも一面的で気に掛かる。

● 私は化学肥料や農薬漬けの食品を無頓着に口にするほどノーテンキではないが、農薬が使われた野菜も平気で食べる。なぜなら、現代に生きている大多数の人間は、無農薬のものだけでは生きていけないからだ。完全に無農薬のものだけで生活できるのは、ごく一部の高額所得者だけだろう。

 現代に生きるということは、文明の恩恵を享受できる半面、人類が生み出した負の部分もある程度は引き受けなければならないのではないかと思っている。

●最近、流行の “ジコセキニン”という言葉に何やらうさんくさいものを感じている。自分だけが安全圏にいて、高みの見物をしている人の発言のような気がするからだ。地域コミュニティーの濃厚な社会では、こんな言葉は出てこないだろう。落語に登場する長屋住まいの熊さんや八っさんは“自己責任”なんて決して言わなかった。(K・S)

かがり火No103 編集後記

●好きで好きでたまらない自分の生まれた故郷、愛媛県宇和島市の水荷浦へ帰りたくても帰れないという藤田圭子さんの原稿(本文34ページ)にはつくづく考えさせられた。母親としては、自分の娘に帰ってきてほしくないわけはない。それなのに、「できれば東京にいてほしい」と言う。せっかく大学まで行かせたのだから、過疎化が進む漁村の、発展性の乏しい小さな集落で、人生を送ってもらいたくないと、娘を想う母親の愛情はよく分かる。しかし、何ともせつない愛情ではないか。

●日本人は一生懸命努力して、頑張って、豊かな社会をつくり上げた。その揚げ句が、生まれ育ったところで暮らしたいという平凡でつつましい願いさえもかなわない社会になってしまった。戦争で分断されているわけでもないのに、故郷は都の空から思い描くしかない聖地になってしまったのか。

●私たちは幸せになるために努力し、働き、勉強してきた。刻苦精励して、知性を身に着け、その知性が科学や技術、政治や経済を発展させた。豊かさを求めて、一心不乱に学んだおかげで今の社会がある。そして、大抵のものは手に入るようになった。しかし、何でも手に入るのに、いちばん大切なものがない。根源的な何かが欠落している。

●藤田さんは、かなうことならば水荷浦で一生を過ごして、最後は祖先が眠る段々畑の上の墓地に入ることを願っていると言う。この言葉を聞いたとき、私は内山節氏のエッセーを想い起こした。

「春が訪れたとき、村人は春が戻ってきたと感じながら、それを迎え入れる。去年の春から一年が経過したと感じるのは縦軸の時間のこと、もうひとつの時間世界では、春は円を描くように一度村人の前から姿を消して、いま私たちのもとに戻ってきたのである。一年の時間が過ぎ去ったのではなく、去年と同じ春が帰ってきた。時間は円環の回転運動をしている」(『時間についての十二章』岩波書店刊)

 段々畑が養殖イカダの浮かぶ海際まで迫っている水荷浦の風景には、永遠にめぐり来る時間が流れていることを藤田さんは直感しているのだろう。

●私は、電車の中で化粧をしている女性を苦々しく眺めているオジンだが、なかなかどうして、さわやかな娘さんもいるではないか。こういう若者に出会うと、日本も捨てたもんじゃないなと、うれしい気持ちになる。

●ところが、どうだ! ヨン様に群がる中年のおばさんたちのあさましいこと、みっともないったらありゃしない。『冬のソナタ』は一度も見たことはないけれど、韓国のドラマが人気があるというのはいいことだと思っていた。日本と韓国の間には、竹島の帰属や慰安婦や強制連行問題などで、政府の外交では埋め切れない溝がある。それが、ドラマが火付け役となって、両国が親密な関係をつくることになるならば、誠に結構なことだとほほ笑ましく思っていた。

 ところが、空港やホテルに殺到するおばさんたちの愚行を見ていると、いかに何でもあんまりじゃないかと思う。韓国の人たちもあきれているに違いない。

●オジンの繰り言が出たついでにもう一つ。私は、家に着くのは大体深夜11時から0時半の間が多い。10時前に帰れるのは年に何回もない。家に着くと、とりあえずテレビをつける。次の瞬間、感じるのはいつも腹立たしさだ。どのチャンネルを回しても、やっているのはお笑い番組である。よくもまあこんなアホなことを考え出すもんだと感心する。

●一体、世界のどの国で、毎晩遅くに、大口開けて笑っている国民がいるというのか。あまりの不思議さに考えた。待てよ、これはひょっとすると策略に違いない。敵を油断させ、欺くために、わざとばかになっているのだろう。大石内蔵助が吉良上野介を欺くために、祇園で遊女と戯れたように、日本人は本心を隠して敵を油断させているに違いない。

●しかし、いったい何のために。敵とは誰なんだ。韓国か北朝鮮か、中国かロシアか、はたまたアメリカか。どう考えても差し迫った敵はいない。このばかさ加減は演技でも何でもなく、真性のばかになってしまったのではないかと思わざるを得ない。

●世の中は“勝ち組”と“負け組”に二分されたというが、私はむしろ、“アホ組”と“まとも組”に分かれているのが今の日本ではないかと思っている。(K・S)

かがり火No102 編集後記

●本誌は、大所高所に立って天下国家を論ずるのは苦手だし、その能力もない。むしろ、一般の人々の暮らしの中で、日常的に発生しているさまつな出来事のほうに関心がある。

 イラク派兵、内閣改造、日米地位協定、郵政の民営化、6者協議、迂回献金、裏金づくりなどは、もちろん国民にとっては大きな関心事だ。しかし、本誌はそれらを取り上げるつもりはない。

 例えばBSEについていえば、全頭検査の体制や輸入再開の条件などよりも、BSEを発生させてしまった当事者たる畜産農家は周囲からどんな視線を浴びることになったのか、地域社会がどんな反応を示したかなどについては大いに関心がある。

●そんな枝葉末節にこだわっているのは意味がないという人もいるだろう。しかし、政治や経済が大混乱した時期があっても、この国が何とか無事にやってこられたのは、無名の日本人の誠実さと勤勉さ、危機に際しては助け合いの精神が働いてきたからだと思っている。

●大工さんが手抜き工事をしたり、八百屋さんや肉屋さんが産地をごまかしたりといったことが当たり前になってしまっては、国の将来は暗い。無名の国民の堕落は1億円のやみ献金なんかよりも、はるかに国家の一大事だと思っている。

●もう20年も前のことだが、居酒屋で知り合った中国人の男性は、日本に来ていちばん驚いたことは公衆電話だと言っていた。中国の公衆電話は故障していることが多く、コインの投入口に泥など詰めるいたずらがあって、まともに使える公衆電話は少ないとこぼしていた。日本ではどこの公衆電話でも正常に使えることに感動していた。

 これもちょっと古い話だが、東欧に駐在した商社の人が、棚をつろうとしてくぎを買ってきたが、くぎの頭がすぐ折れてしまうので閉口したという話も聞いた。

●少し前までの日本に、このような話はなかった。ところが、いま、肉屋が輸入肉を国産と偽装し、温泉で、水道水を源泉と偽り、明らかに欠陥があると分かっている車を売り出している。これまで日本を引っ張ってきた企業や、一般の国民が、人の見えないところで同じ国民に向けて悪知恵を働かせていることのほうがはるかに恐ろしい。

●田舎の人たちは、家の玄関に鍵を掛けないで出掛けている人が多い。車から下りてもドアをロックしない。こちらはたとえ2、3分でも車から離れるときはロックするのが習い性になっているから、無意識にロックしてしまう。「この辺りに物を盗んでいく人はいませんよ」などと地元の人に言われ、気恥ずかしい思いをしたことが何度かある。

●田舎の最大の美徳は、縁側を開け放していても、誰も何も盗んでいかない治安の良さだと思っていた。しかし、このところ凄惨な事件が、美しい田園地帯のすぐ隣で起こっている。凶悪な事件が、ストレス社会の塊のような東京だけではなく、自然が豊かな地方でも多発していることをどう理解すればいいのだろうか。地域づくりをテーマにしている本誌は、邪悪な精神に嘲笑されているようで悔しい。

●沿道にボランティアの人たちが花を植えたり、河川のゴミを市民総出で拾い集めたり、一人暮らしの老人を自発的に巡回して介護したり、本当に頭の下がるようなさまざまな地域づくりが進んでいる。しかし、このような美徳は、事件発生の抑止力にはならないのだろうか。地域力の中に、日本再生のエネルギーが存在していると信じている本誌としては、いささかむなしい気持ちになってしまうこのごろである。

●プロ野球は、ライブドアと楽天の二つが争うことになった。本誌は気分的にはライブドア派である。何といっても、初めに参入を表明したのはライブドアだからである。何でもそうだが、最初の言い出しっぺにそれなりの敬意を払わない社会は公平な社会とはいえないと思っている。それに、楽天は、西武やオリックスのオーナーとお付き合いがあることをほのめかしたり、大物の財界人が応援団になってくれるようなことを言っているのが気に入らない。だいたい有名人と親しく付き合っていることを自慢げに話す人物には、うさんくさい人が多い。詐欺師が、政治家やタレントと、さも付き合いがあるように見せ掛けて、相手をだますのは常套手段である。そもそも有名人や実力者とつながりたいという感覚は、古いコネ社会の遺物である。

●それにしても、「たかが選手が!」発言には驚いた。あのオーナーは、選手をまるで剣闘士ぐらいにしか思っていなかったのだ。猛獣と人間を闘わせて喜んでいた暴君と、来賓席で野球を観戦するオーナーとあまり変わらなかったのだ。東京ドームはさしずめコロセウムである。巨人がライバル球団から4番バッターを引き抜いてくる根性は美しくない。今年の巨人はローズ、ペタジーニ、小久保のホームランなどで、チームとしてのシーズン最多本塁打のプロ野球記録をつくったが、それでも優勝できなかったなんて、いささか哀れである。

●巨人がいつも展開する論理は、「選手には自分の希望する球団に行く権利がある」というものだ。しかし、巨額のお金を選手の目の前に積んでおいて、公平な選択といえるわけがない。市場社会の醜悪さと、どこか似ている。巨人的なるものを変革することこそが、日本にとっていちばん大切な構造改革だと思っている。(K・S)

かがり火No101 編集後記

●7月10日に開催した、本誌100号記念のフォーラム&大交流会は、大勢のご参加を得て大成功でした(本文38ページ)。しかし、この交流会については、おわびしなければならないことがあります。翌日の11日が参議院議員選挙の投票日だったために、やむなく参加を断念した方が少なからずいらっしゃったことです。支局長をお引き受けいただいている役場職員の方から、「選挙事務のために地元を離れられなくなるということに気が付かなかったのか」と強い抗議を受けました。申し訳ない。うかつだったことを心よりおわび申し上げます。

●謝っておきながら、交流会の模様を語るのは罪つくりかもしれないが、『かがり火』の交流会は他とは雰囲気がちょっと違うと思う。会を盛り上げるためにアトラクションやら何やらを用意する必要がまったくない。支局長や読者の方たちに集まってもらえさえすれば、自然発火するからだ。何しろ建前を振り回す人は1人もなく、自分の考えを自分の言葉で話せる人たちばかりだ。主催者側が余計なお膳立てをしなくても、お互いに会った瞬間にスパークするはずと思っていたが、予想どおり、会場はあっという間にヒートアップした。もっとも、東京の暑さと、クーラーの効かない〈新・浪漫亭〉のせいでもあっただろうけれど。

●現代はインターネット全盛の時代で、必要な情報は瞬時にして入手できる。それにもかかわらず『かがり火』の読者は、安くはない交通費と貴重な時間を使って、わさわざ上京してくれた。いかにインターネットが発達しても、人と人が直接出会う感動だけはつくり出すことはできない。本誌はアナログ感覚の媒体だが、まだまだ存在理由はあると自画自賛。

●大分県別府市の岸川多恵子さんから、交流会の印象についてお手紙をいただいた。

「早稲田大学で自己紹介があったことで、たった1時間ほど前に知り合ったばかりのはずなのに、もう何年も前からの知り合いのような親近感がわきました。アルコールが入り、ますますリラックスした気持ちになり、たった一日で、全国の人と知り合いになり、“一日で日本一周”したような気分になってしまいました。『かがり火』のモットー“あなたの力になってくれる人がいる! あなたの力を待っている人がいる!”、この言葉に励まされる私です」

●埼玉県志木市の穂坂邦夫市長と会って安心した(本文4ページ)。どんなに税収が減っても、地方交付税が減額されても、志木市は慌てふためくことはないとおっしゃる。何しろ究極的には、市役所を50人体制で運営する準備を進めているという。公権力にかかわる事柄や高度に専門的な部門を除いて、ほとんどの業務は市民に委託してしまうというのだ。業務の委託を受けるボランティアが、続々と結集しているところが志木市の強みである。

●市町村の行財政改革が成功するか失敗するかは畢竟、住民の成熟度にあるのではないか。住民が自分たちの住む市や町や村のためにどれだけ時間や能力を提供できるかによって決まってくる。役所の職員の意識改革や能力は、研修や指導によって、ある程度レベルアップを図ることができるけれど、住民のレベルアップはなかなかに難しい。将来、地域間格差が広がるとすれば、首長の手腕もあるけれども、どんな資質の住民が住んでいるかによって、市町村に大きな差が出るだろう。

●林由美子さんは、いまピンチです(本文20ページ)。ご主人の病気によって、二人で築いてきた農的暮らしが崩壊しようとしている。農業を始めたいけれど農地がない人、第二の人生を新天地でスタートしたいと考えている方が、読者の近くにいらっしゃったら、林さんの味菜自然村の存在を教えてあげてください。

●“自己責任”という言葉が流行だけれど、世の中には自己責任では決着がつかないことがたくさんある。いかに頑張ってもにっちもさっちもいかないという場面にぶつかることもある。こんなときは、他人に救いを求めるのは少しも恥ずかしいことではない。本誌もこれまでに、ピンチのたびに大勢の人に助けられてきた。まだまだ恩返しはできないけれど、本誌でできることならば何でもする覚悟である。

■本誌読者である山形県長井市の清野徳子夫妻から、“地元では有名だが、量が少ないために東京では知られていないスイカがあり、試験的に「新・浪漫亭」の店頭をお借りして産地直送販売をしてみたいが、ご協力いただけないか”という申し出があった。150個ぐらいのスイカを持って行きたいという。もちろん、二つ返事で承諾したが、心配でもあった。店の前は、人通りの少ないところだ。果たして売り切れるだろうか。もし、売れ残って、スイカを持ち帰ることになったら気の毒だ。販売予定日の3日前に店頭に予告のポスターを張り出した。「新・浪漫亭」のホームページにも案内を出した。本誌と親しい方たちが持っているメーリングリストにも情報を流してもらうようお願いした。

 当日、清野夫妻が、朝の8時ごろ到着。10時からの販売に備えて、スイカを並べ始めたところ、ぽつぽつとお客さんが集まり出し、10時になったら行列ができるほどで、150個のスイカをお昼までにあらかた売り切ってしまった。ふだんはシーンとしている界隈なのに、吸い寄せられるがごとく人が集まってきたのは不思議だった。

「新・浪漫亭」の店頭における産地直送販売というのは、集客力があることを再認識した。読者のなかで、地場特産品を販売してみたいという方があったら、どうぞご連絡ください。店舗使用料も販売手数料もいただきません。本誌の力を待っている人たちに、微力であってもお貸ししたいと思っているだけです。

■わざわざ農産物を東京までは運べないという人のためには、今回、本誌と提携した「うまいもんドットコム」を推薦します(本文12ページ)。インターネット販売は、お互いに顔の見えない人同士の売り買いだから、代金の回収などに不安もありそうだが、萩原社長によると、そういうトラブルはほとんどないということだった。もちろん生産者のほうにも、正直さが求められている。適当な販売先がないために、みすみす腐らせてしまったり、死蔵している農産物や加工品があったら、ぜひ相談してみてほしい。ドットコムとの提携によって、日本には良心的な個人生産者がたくさんいることを天下に知らしめたいと思っている。(K・S)

かがり火No100 編集後記

●本号と一緒に『かがり火支局長 名鑑』をお送りいたします。支局長は、読者の中から、特に地元の情報発信に熱心な方になっていただいているものです(中には、開店休業中の方もいらっしゃいますが)。本誌は基本的に、支局長から編集部に寄せられる情報を基に成り立っております。支局長になっていただくのに特別の資格は一切ありません。ただ、自分の住んでいるまちを愛し、少しでも住みやすくするために、さまざまな分野で頑張っていることが必須条件です。

●支局長から寄せられる情報や支局長の寄稿は優先的に掲載させていただいております。

●この名鑑は、まちづくりについて、お互いに情報を交換し、切磋琢磨していただくために制作しているものです。支局長に連絡なさる場合は、あらためて編集部にお断りいただく必要はありませんが、礼儀と節度をもってご活用くださるようにお願いいたします。まさか、本誌の読者にはいらっしゃらないと思いますが、営業用の名簿等としてのご利用は固くお断り申し上げます。(K・S)

かがり火No99 編集後記

●合併を拒否し、自立を決心している長野県・泰阜村の松島貞治村長が、国の担当官に「地域を維持、発展させるものは、地域に住む住民の誇りであり、自分の住む村のために汗を流す気概であると思う」と言ったら、「自治体の規模が将来どう変わろうと、そのことによってその誇りや気概がなくなるようでは、もともとないに等しい」というようなことを言われたそうだ。松島村長は温厚な紳士だから、「それはそうなんだろうけれど……」と淡々と受け止めていたけれど、それを聞いた本誌はどうにも腹の虫がおさまらなかった。

●こういう言辞を“さかしら”というのではないか。頭のいいお役人は、つくづく口がうまい。理屈をこねくり回して、人の頭を押さえ付けることに長じている。地域を守ろうとしている人たちが、理屈でやり込められて、どのぐらい大勢の人が悔しい思いをしたことだろう。

●本誌がこれまでの地域政策に疑問を持っているのは、その政策の中身に妥当性があったかどうかではなく、地域づくりに一生懸命な人たちに相応の敬意が払われてきたとは思えないからだ。

●例えば、地域づくりに頑張っている人たちに、お役所が“カリスマ”とか“マイスター”という称号を授けて顕彰する制度がある。本誌が尊敬している親しい人たちも、たくさん選ばれているので、喜んであげたい。喜んであげたいけれど、お役所には一言ある。どうも、授与する相手に対しての敬意から発想された制度とは思えないのだ。称号を受けた人たちは、善良で優しい人たちだから、国に向かって、“そんなものは要りません”と失礼なことは言わない。しかし、今度は“伝道師”という称号までも用意していると聞けば、遊んでいるとしか思えない。

●いまの日本には、2種類の日本人が生きているようだ。一つは、いろいろ問題はあるけれども、やはり資本主義が最善のシステムだと思う人々。この人たちは、自由競争によって、より良い製品を生み出し、貿易によって得た財で、農産物を購入すればいいという考え方である。いわばアメリカ的思考の持ち主。もう一方は、このままの経済最優先の社会システムは、やがて崩壊するという不安を持っていて、農業中心の日本的な社会システムを構築するべきだという人たちである。

●当然ながら、話題も違う。経済優先派は、どの株をいま買えばいいかという話になると、おのれの分析、予想を滔々と開陳して時間を忘れる人種。農業中心派は、地域コミュニティーの再生や、お祭りの準備の話になれば、口角泡を飛ばす人種。この二派はめったに相まみえて議論することはないが、偶然、そんな機会があっても、絶対に議論はかみ合わない。勤皇派と佐幕派ぐらい違っている。

●経済優先派は、当然ながら市町村合併推進派であり、農業中心派は、小さくてもキラリと光る自治体擁護派である。この両者を観察してみれば、思想だけではなく、生活スタイルも、趣味も、遊び方も食事の好みも、着ているものまで違うような気がする。この両者が折り合いをつけて共存するのがだんだん難しくなっているようだ。香港が返還されたとき、中国は1国2制度をとったが、わが国でもそろそろ検討しなければなるまい。(K・S)

かがり火No98 編集後記

●本号が98号、いよいよ100号までイーチャンテンになった。たった100号で浮かれるなと叱られるかもしれないけれど、常に休刊の危機と背中合わせで、ヨタヨタと歩いてきた身としては、それなりの感慨がなくもない。

●毎号、地域づくりにかかわっているたくさんの個性豊かな変差値人間にお目にかかってきたから、これまでにお話を伺った方は1000人は下るまいと思う。訪ねた土地もかなりの数に上る。回想するには早過ぎるけれど、バックナンバーをめくっていると、美しい山や海の風景と共に、懐かしいお顔が次々と浮かんで来る。

●雑誌は基本的には有名人や話題の人物を取り上げるものだが、本誌の場合は、主に無名の方々にご登場いただいている。地方の町や村で、大地にしっかりと足を着けて暮らしている方々の見識は、ときとして学者や評論家をしのぐ洞察力を持っていて、敬服させられることが多かった。

●不思議なことに、本誌の取材で不快な思いをしたことが一度もない。自分たちの住む地域を必死で守ろうとしている人たちは、度量も広いのだろうか。小さな町や村で暮らしている人は視野が狭くなりがちだと言う人もいるが、それはとんでもない誤解で、都会人よりも豊饒な想像力を有している人も少なくない。偏狭な地域エゴイズムを見せつけられて辟易するということは、めったになかった(交流会で、酔った方にからまれたことはアリマス)。

●ところで、鳥インフルエンザが猖獗を極めている。ウイルスが原因らしいけれど、テレビの映像を見ると、鶏はどの国も広大な鶏舎の中で、過密状態にして飼っているようだ。鶏小屋というよりも、効率一辺倒の巨大な工場という印象である。だから、一羽が発病するとたちまち何万羽、何十万羽に伝染してしまう。非科学的なことを言うようだけれど、間仕切りがないから、食い止めることができないのではないか。

●人間の暮らしも、鶏に似てきた。効率中心のまちづくりが進められていて、田舎と都市の区別がつかなくなりつつある。高速道路が張り巡らされ、ついでに生活のパターンも画一化され、地域の独特の文化が廃れつつある。利便性だけを追い求めて、都市化を進めていけば、何か不明のウイルスのようなものが発生した場合に、バタバタと伝染してしまうのではないかと心配になる。昔のように、谷の襞ごとに集落を形成し、ある意味で閉鎖的な暮らしのスタイルを守っていれば、都市は全滅しても、田舎は生き残れるのではないかと想像したりする。

●ひと昔前、“狭い日本、そんなに急いでどこへ行く”という標語があったけれど、日本は決して狭くない。猛吹雪で荒れ狂っている北の海と、Tシャツでいても汗ばむ南の海を同じ時間に体験できるのだ。この、変化ある日本列島に生まれたことをありがたいと思う。だから、本誌はこのような風景を守ろうとしている人たちの、いささかでも力になれればと願っている。風景を守ることは、暮らしの営みを守ることだと思う。

●本誌は、地域の応援団になりたいと思っているが、実際は、反対に励まされることのほうが多かった。取材から戻ってしばらくは、田舎の空気と人情が体内に残っていて元気でいられるのだが、しばらくすると都会の雑踏と、情け容赦のない資本の論理に消耗してしまう。そういうときは、再び、地方に出掛けて、変差値人間から元気のもとを注入してもらって息を吹き返すのだった。これまでにお会いした方々に、心からお礼を申し上げたい。

●というわけで、前号でお知らせした『かがり火100号記念・大交流会』を開催することにいたしました。前回の大交流会は平成7年12月に日本青年館で開催したので、9年ぶりです。今回も、全国の変差値人間にお集まりいただいて、交流を深めていただきたいと思っております。ハレー彗星ではないけれど、次回はいつ開催できるか分かりませんので、なにとぞご都合をつけてご参加ください。 

●開催は7月10日です。昼の記念フォーラムの会場は、早稲田大学を午後2時から5時までお借りすることができました。早稲田大学教授で、棚田支援市民ネットワーク代表の中島峰広先生のご好意によるものです。内容についてはこれからですが、特別ゲストとして、佐賀県知事の古川康さんと、高知県馬路村の東谷望史さんにご出席のご快諾をいただいておりますので、面白いお話を聞かせていただけると思います。支局長や読者の皆さんにも登壇いただいて、自己紹介を兼ねて、地域づくりの現況などをご報告いただきたいと思っております。

●記念フォーラム終了後は、〈新・浪漫亭〉に移動して、6時から交流会を開催したいと思っております。早稲田大学から、ゆっくり歩いて20分ぐらいの距離です。もちろん貸切で行いますから、時間を気にせず、大いに飲み、食べ、とことん話し合って親しくなっていただきたいと思います。

●さて、ここでお願いですが、編集部には人が少ないので、今回の『大交流会』を自社運営できません。厚かましいようですが、読者各位からのお申し出によって、実行委員会を組織して運営をお願いしたいと思っております。参加者名簿作成、看板作成、名札作成、当日の受付、フォーラム司会、交流会司会、調理配膳などで、お手伝いいただける方、 どうぞご連絡いただきたくお願い申し上げます。(K・S)

かがり火No97 編集後記

●二足のわらじを履いている人は大勢いると思うけれど、居酒屋のオヤジと、情報誌の発行人を兼ねている人間は、そんなにはいないのではないかと思う。この二つがうまくかみ合えば万万歳なのだが、世の中はそんなに甘くない。

 理想的な場合は、取材でお世話になった地方の方たちが上京してくる。〈新・浪漫亭〉に迎えて、酒を酌み交わして、時間を気にすることなく、ゆっくりおしゃべりができる。ときには、北海道の人と九州の人が合流して、名刺交換をして親しくなってもらう。お国訛りが飛び交って盛り上がる。

 実際に、こういう日もなくはないが、反対に、お客のいない居酒屋で、荒涼感と向き合う日も少なくない。店の中を冷たい風が通り過ぎる。お客同士が、あの店に行くのはやめようと相談しているのではないかと疑心暗鬼に陥るほど、客足のパタッと止まる日もある。

●お客の来ない日ほど、経営者の真価が問われるときだという。どっしり構えて、笑顔を絶やさず、「水商売だから、こんな日もあるさ、ははは」と構えていなければ、従業員が不安になるというけれど、支払いのことが頭にあるので、とても落ち着いてはいられない。無理やりつくる笑顔も、ひきつりがちだ。つくづく、居酒屋は難儀な商売である。

●『かがり火』とはどんな雑誌か知らない人に、どんな本かと聞かれて、「周囲からは変人と呼ばれているぐらいのエネルギーの持ち主たちを紹介している雑誌です」と説明したところ、「それでは、小泉さんのような方がたくさん出てくるんですね」と言われた。うーん、困った。小泉さんの変人と、『かがり火』のいう変人とはちょっと違うのだけれど、うまく説明できない。政治家としては、信念を持った変人というのは、危険なのかもしれない。森さんや小渕さんだったら、格好は悪かったかもしれないが、ブッシュさんとああまで固い約束はしなかったかもしれない。

●本誌の読者は鋭い。最近、次のようなことを指摘された。

「字だらけで気軽に読む気が起こらない」「地域づくりを美化し過ぎているのではないか」「田舎の人だっていい人ばかりとは限らない」「地域の抱えるマイナス部分をもっと鋭く取り上げるべきだ」「コテコテの地域づくりで遊びがない」「もっと商売に結び付く情報を掲載するべきだ」「もう一歩突っ込んで、次なる地域づくりのビジョンを提示するべきではないか」。

 いずれも当たっているので、ヒヤヒヤものである。

●あらためて編集の意図を語るのは愚かなことと思うけれど、少しだけ弁解させていただきたい。

 地域をすべて美化しているわけではない。地方の権謀術数が都市より素朴ということはないし、田舎に住んでいる人がすべて聖人君子でもない。しかし、本誌が地域の暗い部分をあえて引きずり出して、切り刻むのは、本誌の役目だとは思っていない。第一、その力量は本誌にはない。

●本誌は、単純だと言われるかもしれないが、目指すところは、本誌を読み終えた方に、晴れ晴れとした気分を味わってもらいたいし、そうだそうだと共感を持ってもらいたいし、世の中はつらいことばかり多いけれど、それでも人生っていいもんだと思ってもらいたい。桃屋のCMの、三木のり平のセリフではないけれど(古い!)、“日本人に生まれて良かったなあ”というつぶやきが出てくるような編集を心掛けたいと思う。そういう気分にさせてくれるような人物やネタを探している。だから、地域づくりをテーマにしているくせに、幅が広過ぎて、絞り切れていない印象を与えてしまうようだ。

●しかし、本誌が創刊したころとは、地方の空気はかなり変わった。地域づくりの熱気は希薄になって、反対に、確実に息苦しさを感じるようになった。ここが、正念場だろう。地域づくりに、「勝ち組・負け組」という下品な言葉が使われるようなことがあってはいけない。

●ところで、本号が97号である。ということは、あと3号で100号ということになる。今年の春には、窮状を訴える手紙を同封させていただいたほどのヨタヨタ歩きだが、とにかく100号まではなんとかたどり着けそうだ。いまどき100号なんて言っても少しも威張れたことではないが、こういう地味な雑誌が、ここまで生き延びてきたということは、不思議ではあるし、おめでたいことではないだろうか。本誌にご登場いただいた地域づくりリーダーや変差値人間も、恐らく1000人は下るまい。地図を広げて眺め入れば、あの顔この顔が次々に浮かび上がってくる。

●そこで、少し気が早いようですが、100号記念の集いを考えています。『かがり火』のパーティーをホテルでやるのは似合わないし、〈新・浪漫亭〉では狭すぎるので、どこか大広間があるところで、車座になって、じっくりやりたいと思っています。どこか地方でやるのも、いいかもしれませんが、いいアイデアのある方はご提案いただけませんか。

●重ねてお願いがあります。お手元に本誌の年間購読料の郵便振替用紙が届いている方が、何人かいらっしゃると思います。どういうわけか、食品などの代金はすぐに支払われるようですが、雑誌の代金は後回しになってしまうようです。気持ちは分からないでもありませんが、本誌は購読料が唯一の収入源です。何とぞ、速やかにお手続きくださいますようお願い申し上げます。(K・S)

かがり火No96 編集後記

●フリーライターの佐々木泉さんから、次のようなメールを貰った。

「今日、とても憂鬱なことがありました。電車のシルバーシートの前に立っていたら、杖をついたおばあさんが入ってきて、私の隣に立ちました。おばあさんの前には40歳ぐらいのサラリーマン風のおじさんが座っています。席を譲る様子はまったくありません。普段なら私も見て見ぬふりをするところですが、杖をついているので、おばあさんは見た目にもつらそうです。思わず『席を譲ってあげたらいかがですか』と言ったら、そのサラリーマンは烈火のごとく怒り出し、『なんでオレが譲らなくちゃいけないんだ。オレたちはこいつら年寄りの年金のために働いているんだ! ふざけるな!』てなことを言われ、これも普段なら負けずに言い返すところですが、そのおじさんの目を見ていたら怖くなり、何も言えませんでした。本当に怖かったのです。怒りの目ではなく、うつろな目でした。当然、周りの人々は聞かザル状態。おばあさんも居づらくなったのか、次の駅で降りてしまいました」

●日本人はここまで荒廃してしまったのかと暗澹たる気持ちになった。もし、そのおばあさんが、気持ちの優しい独り暮らしの方だったら、屈辱に耐えきれず、自殺も考えるかもしれない。そうなったら、もはや暴言というよりも、むしろ犯罪ではないか。それこそ、“市中引き回しのうえ、獄門打首”と言いたくなる。こういう人種は、ゴキブリやネズミのように一匹だけが突然現れるということはなく、おそらく都会の隅々で何百匹何千匹と繁殖しているに違いない。年金がどうのこうのという問題ではない、もっと深刻な、人間の劣化である。

●怖いのは、このサラリーマンは頬にキズのある特殊な分野に所属する人間なんかではなく、ごくごく普通の人間であるということだ。職場では、まじめ人間で通っているかもしれない。まじめさと普通さの紙一重の裏側に、異常なる敵意と憎悪が煮えたぎっている。そして、薄紙一枚剥がれた瞬間に、まがまがしい場面が発生する。そんな時代にわれわれは生きている。

●本誌が、ばかの一つ覚えのように、地域、地域と言っているのは、乾ききった精神に潤いを取り戻すには、“地域力”が有効な力を発揮すると思っているからである。というのは、地方で取材していると、都会では希薄になってしまった、いたわりや思いやりが健在であることを実感するからだ。

 今月は、熊本県球磨村、鹿児島県大崎町を訪ねたが、些細なことながら、心が温かくなるエピソードをいくつも聞くことができた。道ですれ違えば、大抵あいさつするし、車ですれ違っても会釈をする。そんなコミュニケーションのある社会では、人に牙を剥く人種は生まれない。字(あざ)の付く小さな集落では、お年寄りを罵倒するような場面は決して起きないだろう。万が一にもそんな人間がいたら、たちまちその町に住めなくなるだろう。小さいことは、無限に大きな力を持っている。

●“地域力”のもう一つは、お金が都会ほど万能なものではないということではないか。もちろん、お金がなければ、どんな田舎でだって生きてはいけないが、都会ほど人間をが

んじがらめに縛りつけてはいない。都会では、お金がなければ、一日たりとも生きていけないが、田舎では、二、三日、いや二、三週間は生きていける。

「まあ、食べるものは近所の人が持ってきてくれたり、お店に買い物に行ってもツケにしてくれるから、現金がなくても、なんとかなるということはありますよ」と、宮古島の人から聞いたことがある。店で精算するのは数カ月に一度と聞いて、うらやましく思ったものだ。昨年、訪れた小笠原村では、数カ月間、使う必要がなくてお金に触ったことがないという人もいた。その人たちの顔には、都会人にはない余裕の表情があった。

●人類の最高の発明は、お金だという学者もいるけれど、人類最悪の発明もお金だったのではないか。笑われるかもしれないが、本誌はこの世の中にお金というものがなかったら、人間はどんなにか自由でおおらかに生きられただろうと、しばしば真剣に夢想することがある。だって、数カ月お金に触らないだけでハッピーな気持ちでいられるなら、ずうっと触らなくてもいい社会なら、もっと幸せになれるはずだろう。この夢想が、あながち引かれ者の小唄でも、貧乏人の愚痴でもないことを、内山節さんの『貨幣の思想史』(新潮選書)で知った。

●19世紀半ば、ドイツ系ユダヤ人の社会主義者であるモーゼス・ヘスは、貨幣が何よりも人間を侮辱していることを論じ、本気で貨幣廃絶論を唱えている。

「人間自身もそうだが、人間的活動に代価を払うわけにはいかない。というのは、人間的活動は人間的生命にほかならないが、この人間的生命は貨幣の額では償えないものだからである。つまり、それは、値がつけられないほど貴重なものである」

 彼は貨幣を“普遍的ながらくた”と表現している。

 また、同時代のドイツの社会主義者のヴァイトリングは、「貨幣が存在するかぎり、世界はけっして自由ではありえない。貨幣が使われるようになってから、人類はどれほどの悲惨、不幸を味わって来たことか」と言っている。

 貨幣が世の中に登場してから、経済学者や思想家たちは、貨幣の持つ魔力を解明するために苦悩してきた。残念ながら、いまだに解決されていないけれど……。

「なぜ人間の能力が貨幣で評価されなければならないのか、なぜ自然や労働のつくりだした使用価値が、貨幣で評価されなければならないのか。なぜ人間は孤立し、相互に利己的に利用しあっている関係のなかで生きなければならないのか。

 このような関係からの人間の解放を願う人々にとっては、貨幣は到底認めることのできないものだった」と内山さんは解説している。

●小泉首相が再選されて、総選挙が控えている。争点は経済政策、与党も野党も掲げる公約は“景気の回復”である。しかし、景気が回復したところで、貨幣経済は人間性を蹂躙し続けることだろう。

 ソ連、東欧が崩壊して、社会主義には落ちこぼれの烙印が押されてしまったようだが、市場経済の横暴から脱却して、人間性回復のための新しい経済、新しい思想、例えば、21世紀型新社会主義の誕生はあり得えないのか、またまた夢想するのであった。(K・S)

かがり火No95 編集後記

●わが家には自転車の空気入れがないので、タイヤの空気が抜けると、近くの自転車屋さんまで押して行く。おやじさんは愛想が良くて、いつも気持ち良く空気入れを貸してくれる。まだ東京にも地域コミュニティーが健在であることに、口笛でも吹きたくなる気分になる。

 先日、バイクのタイヤの空気も抜けてしまったので、自転車屋さんに押して行った。ところが、私を見るなり「ガソリンスタンドで貸してもらえばいいじゃないか!」とつっけんどんである。いつものように気持ちよく貸してもらえるとばかり思っていたから、慌てた。

 そして、思い至った。私が空気入れを借りに行くとき、彼は私を見ていたのではなく、私の自転車だけを見ていたのだ。その自転車が自分の店で販売したものだから、気持ち良く貸してくれていたのだ。ところが、店では販売していない250?のバイクを見て、こんな客にまで空気入れを貸してやることはないだろうと、手のひらを返したような態度になったのだろう。

●この自転車屋さんは、観光地のサービスに似ている。宿泊客や買い物客にはにこにこ笑顔を振りまいて親切だ。だが、道を聞くだけの客や、お金の両替だけを頼む客には冷たい。そういえば、飛行機のスチュワーデスたちも、機内では最高のスマイルなのに、飛行機を下りて、空港内を通るときは、先ほどの態度とは違ってよそよそしい。飛行機を下りてまで、愛想を振りまくことはないと思っているのだろう。本当のサービスというのは、人格そのものから発せられるもののようだ。

●このごろ「懐かしオジサン」と呼ばれている。昔の映画、昔の道具、昔の写真、昔を回顧する展示などを見ると、やたらに感激して「なつかしい、なつかしい」を連発するからだ。「むやみに昔を懐かしがるのは、新しい時代の変化に対応できない老化現象の表れである」と周辺の者から断じられている。

●なぜ、昔を懐かしがるのかといえば、最近は、日本人でありながら、日本人ではない何ものかに変質してしまったような日本人が増えていることに不安を感じているからだ。新聞を見れば、かつての日本人では考えられないような事件が頻発しているし、テレビをつければ、厚顔がご高説を垂れ流している。日本人の物の考え方が違ってしまっただけではなく、もっと根本的な本質的な部分の溶解が始まっているのではないかという不安に襲われる。例えば知覚、昔の日本人が熱いと感じる温度と今の日本人が感じる温度には大きな隔たりが生じてしまったのではないか。例えば味覚、昔の日本人がカライと感じたカラさと今の日本人が感じるカラさは違っているのではないか(恥の感覚はとっくに変容してしまった)。

●そんな不安に襲われたとき、小津安二郎、成瀬巳喜男、五所平之助などを見るのである。映画に出てくる懐かしい風景、クレオソートを塗ったような板塀、ガラス戸の玄関、卓袱台、茶ダンス……などを見ては、「あった、あった」と指差して狂喜してしまうのである。そして、杉村春子、望月優子、細川ちか子、長岡輝子、原節子、上原謙、山村聰たち俳優の言葉の美しさにしびれる。戦後の虚脱感が漂い、いまだ貧しかった日本に品格が感じられ、経済大国になった今の日本に、がさつさしか感じないのは不思議である。映画の内容なんかどうでもいい、昭和30年代に漂う日本の親和力にしみじみ浸ることで、生きる力をちょっぴりもらうのである。

かがり火No94 編集後記

●日本人は、専門家といわれている人たちにからきし弱い。本誌92号で、「ガンの患者学研究所」の川竹文夫さんが、「がんになった患者が、すべてを医師に委ねてしまうのは間違っている」と言っている。医師はがんの専門家ではあるが、人生の専門家ではない。それなのに医師の前に自分の命を差し出して、すべてお任せしますと平伏するのはどう考えてもおかしいと言っている。

●もっともである。このことは、市町村合併についても言えないか。西尾私案が発表されて以来、雪崩現象を起こして法定協が設置されたが、地方自治体や住民の心のどこかに、「あれほど偉い先生たちが決めたことだから、よもや悪いことにはなるまい」という安易な信頼があるのではないか。専門家や学者を尊敬するのは、ある意味では日本人の素直なところで、あながち欠点とはいえないけれど、半面、あなた任せの無責任さの裏返しともいえるのではないか。

●自分の町の将来を考えるとき、専門家というのは、東大法学部の教授でも、行政学の大家でもない。あくまでも、そこに住んでいる地元住民が一番の専門家である。それなのに、あんな立派な先生たちが決めたことだから、間違いはないと思ってしまうのはお人好しでしかない。専門家の誤謬は掃いて捨てるほどある。“むやみに相手を尊敬するのは隷属することだ”と言ったのは幸田露伴だったと思うが、心に留めておきたい言葉だ。

●権威というのは、上に立つ者にとっては、実に便利なものだ。権威をちらつかせるだけで、いちいち細かいことを説明しなくても、大衆のほうで勝手に従ってくれる。だから、為政者はとにかく権威を手に入れたがるし、いったん手にした権威はどんなことがあっても手放したがらない。今回の市町村合併は、地方交付税や特例債がどうのこうのという問題ではなく、本当は地元が主体的に、町や村の将来をどうするかを話し合うことが一番重要なことなのだ。お上からのお達しを検討することではない。

●“失われた10年”が総括されて、いろいろなものを失ったと指摘されているが、一番大きなものは“怒り”ではないか。日本人は“怒り”を失っただけではなく、“怒っている人”をうさんくさいと思う習性が身についてしまった。“俺はどうしても納得できない”とぶつぶつ怒っている人の話に耳を傾けず、敬遠してしまうようになった。“怒り”は世の中を改革しようとする最大のエネルギーであるはずなのに、そのエネルギーを鼻の先で笑い、小ばかにするようになった。そういえば、『かがり火』も最近、怒りが足らなくなったようだ、もっと怒らねばならないと自戒!

●本誌は、無名の人物が取り組んでいる地域づくりを紹介することを編集方針としている。全国紙を読んでいれば分かるように、無名の人物はめったに登場しない。本誌は、世間やマスコミの評価がどうであれ、熱意と真情あふれる信念を持っている人物ならば、できるだけ取り上げたいと思っている。今の世の中は論理的なことが一番立派なように思われているが、整合性のある理論よりも、矛盾を抱えた熱情のほうが重要ということもあるのではないか、というのが本誌の考え方である。

●前号において、森編集長、菅原発行人両名の手紙を同封し、新規読者獲得をお願いしたところ、多くの方から多大なご協力をいただいた。誠にありがたく厚く御礼申し上げます。ご自分で添え書きをして、知人に依頼してくださったり、ご自分のサイトに掲示してくれたり、購読料は自己負担で、地域づくりの仲間に贈呈してくださったり、本当にありがたかった。本誌を、地域づくりの「プロジェクトX」のような媒体だと評価してくれた方もいたが、身に余る光栄だ。読者諸氏の引き続いてのご支援を心からお願い申し上げます。(K・S)

かがり火No93 編集後記

●小泉総理がアメリカを支持すると表明したことで、えらく評判を落としているようだ。なぜ、シラクさんのように毅然とした態度をとれないのか、追従する態度が情けないというわけだ。でも、仕方がないんじゃないか。国民に、アメリカからの反発に対する覚悟ができているとは思えない。野党の人々は、もし政権にあったらブッシュさんを説得できたというけれど、本当かな? 今までの態度を見ているとあんまりリアリティーがない。

●日本の政治家が、アメリカ大統領専用の別荘キャンプデービットに招かれることがあって、ブッシュさんと握手をしたところを写真に撮ってもらったとしたら、与党も野党の人も100中99人は、その写真を引き伸ばして、自分の事務所に飾ると思う。何も政治家だけじゃない、つまり、日本人はアメリカが好きなんです。

●マクドナルドは近ごろ売れ行きが落ちたといっても外食産業の王様だし、この不景気でもディズニーランドはお客が増えているし、アカデミー賞をもらえば最高の名誉だし、松井の活躍するヤンキースの試合はNHKが中継するし、学問の世界では、経済学だけではなく財政、会計、法学、あらゆる分野で、アメリカ流が日本を席巻している。そのうち、裁判も陪審員制度になるかもしれない。

●こういう風潮に対して、最近は、アメリカにモデルを求めてはならない、むしろヨーロッパに学ぶべきだという学者もいるが、自信のなさでいえば、これも五十歩百歩ではないか。いつも欧米を範とするのは明治以来変わっていませんね。肝心な“日本人らしさ”を追求しないでどうするんですか。

●最近、あぜんとしたことがあった。構造改革特区に応募した案件について、片山総務大臣は、「箸にも棒にもかからないクズみたいなものが多い」という感想を述べていた。何たる言い草か。どんどん人口が減っていく地方で、町や村を何とかしようと頑張っている人たちは、この言葉を何と聞いただろう。まさに“Shock &Awe"(衝撃と恐怖)ではないか。

●たぶん、全国から寄せられた構想の中には、法律や条例を全く無視したものや、独善的と思われるものもあっただろう。しかし、その一つ一つは、荒廃していく農村や山村を活気あるものにしたいという、必死な思いから出たものである。たとえ、それが中央官庁から見れば、奇抜で珍妙なるものであっても、“クズみたいなものが多い”という言い方はないだろう。地域づくりのキーパーソンたちの士気を沮喪させるに十分である。

●またまた市町村合併の話で恐縮だが、代議士のセンセイ方は、東京にいるときは、市町村合併を積極的に進めるべきだと発言していながら、地元に帰ったときは、この話題にできるだけ触れないようにしている。日本には“本音と建前”という言葉があり、“ウソも方便”という便利な言葉がある。この二つを巧みに使い分けできない人は、“正直者はばかを見る”ということになってしまう。センセイ方は日本古来の教えを従順に守っているようだ。

●いま、日本は長期の不況にあえいでいるが、この不況から脱出するのには、もう経済政策をあれこれいじってみても駄目なのではないか。問題なのは経済ではなく、根本的な日本人の生き方ではないか。額に汗して働く者が報われる社会を目指さない限り、これからの10年は、“続・失われた10年”となって、その後も永遠に漂い続けるような気がする。

■本号に、編集人と発行人両人から、新しい読者をご紹介願いたいというお手紙を同封させていただいた。こういう手紙はつくづく難しい。知らず知らず哀れみを乞うような文面になってしまったり、反対に虚勢を張ったものになったり、真実を書けば、こちらの経営能力のなさを笑われてしまう気がして、書いては破り、破っては書いて、心は千々に乱れ、揚げ句の果ては、自己嫌悪にとらわれている。

■これまで本誌の取材で山間地に行って、「どんなに条件が悪くてもあきらめてはいけない」などとさんざんエラそうなことを言っておいて、編集部が先にギブアップしては弁解の余地もない。その山間地の代表格のような高知県馬路村の東谷望史さん(本誌の貴重なるクライアント)から電話があった。「もうしばらく付き合うから、頑張りぃーや」という励ましのお言葉に胸が熱くなる。

 泣き言を言っていられない、“やせ我慢”と“くそ意地”で、やれるところまでやってみるつもり。(K・S)

かがり火No92 編集後記

●熊本に出張するために、朝早く家を出て武蔵小金井から中央線に乗った。7時の飛行機に乗るには、5時には武蔵小金井から電車に乗らなければならない。さすが大都会東京である。まだ暗いのに、座席は7割ぐらい埋まっていた。吉祥寺を出たら、警報が鳴って、電車が緊急ブレーキをかけて停止した。しばらくあって、車掌が人身事故が発生したことを告げた。車内は静まり返っている。怒り出す人はいない。何人かが携帯電話で、待ち合わせ先に事情を説明している。

 中央線は飛び込みが多いことは知っていたが、自分がその場に居合わせたのは初めてである。最初、よりによってなぜ自分が乗っている電車に飛び込んだのか、迷惑なと思った。これで飛行機に乗り遅れると、舌打ちしたい思いだった。40分も車内に閉じ込められているうちに、まだ暗いうちから飛び込まなければならなかった人の身の上を思って、暗澹たる気分になった。経済大国といわれるようになった今の日本で、かくまでに自殺する人が多いのはなぜだろう。心を打ち明けて話す友人や家族はいなかったのか、精神的なつながりを誰とも持てなくなってしまったのだろうか。追い付き追い越せとばかりに頑張ってきた日本だが、心の領域では不毛が広がっている。電車が動き出すと、取材先のことばかり気になって、犠牲者のことは頭から薄れていった。飛行機には、やはり乗り遅れてしまった。

●実は、このときの出張は、渡辺京二氏をお訪ねするためだった(本文8ページ)。氏は、暮らしやすい社会というのは、心の垣根が低く、親和力のある社会だという。現在は人であふれてはいるが、誰もが外部からの侵入者を防ぐために障壁を高く築いているから、気軽に相手を訪ねたり、話し掛けたりできない。弱い者は、あちこちの障壁に当たっては跳ね返されているうちに孤独感が深まる。心の垣根は高く、親和力は皆無だ。文明というのは進歩すれば、人間が幸せに暮らせるというものではなかったのである。

 氏の著書から下記の一文を引用したい。

「私にとって重要なのは在りし日のこの国の文明が、人間の生存をできうるかぎり気持のよいものにしようとする合意と、それにもとづく工夫によって成り立っていたという事実だ。ひと言でいって、それは情愛の深い社会だった。真率な感情を無邪気に、しかも礼節とデリカシーを保ちながら伝えあうことのできる社会だった。当時の人びとに幸福と満足の表情が表われていたのは、故なきことではなかったのである」

●合併論議はいよいよ煮詰まってきたようだ。奈良県下北山村の野崎和生さんが、地方紙を逐一点検して、合併の動きをメールで送ってくれるから、全国の状況がよく分かる。毅然として反対を宣言しているところは非常に少なく、ますます合併はやむなしという雰囲気のようだ。

 本誌は何度も繰り返しているように、合併をしたいところはすればいいけれど、したくないところを無理やり強制的に合併させるのは反対の立場である。気になるのは合併を容認している町村が、行政サービスの低下が心配だと言っていることだ。行政サービスなんて際限がない。ちょっと昔の暮らしを考えてみると、今のサービスは天国みたいなものだろう。それより何より、町や村の土着的精神が希薄になり、その地域で生きる人間の個性が都市化されてしまうほうが問題が大きいのではないか。地域の風土が都会化する。大型の市ばかり出来上がると、東京の人も北海道の人も、沖縄の人も同じ発想、同じ意見、同じ顔付きにならないか心配になる。訛りが消えて、まちやむらの特長が薄れたように、今度は地域の多様性が消えて、人間の個性までますます均一化に向うことにならなければいいがと心配になる。

●『かがり火』創刊以来、初めての出来事があった。盛岡市の熊谷まゆみ支局長から、現金書留で3万円を送っていただいた。編集部の窮状を察してのカンパだという。有り難いやら恥ずかしいやら。ご返金するのも何だから有り難く頂戴して、これを3年分の購読料金に充てさせていただくことにしよう。本誌は地域で頑張っている人を励まし応援するために発行しているつもりだが、このところ地域の方々から励まされっぱなしである。

■出版不況の波は、小社のような弱小にもひたひたと押し寄せている。お一人でも、本誌をご購読いただける方をご紹介いただければ有り難い。また、どんな小さな広告主でもご紹介いただきたく、読者各位にお願い申し上げます。(K・S)

かがり火No76 編集後記

7月14日『かがり火支局長会議&

大交流会』のお知らせ

拝啓

 思い起こせば平成7年の12月、『かがり火』の支局長たちは東京・代々木の日本青年館に結集し、夜の夜中まで談論風発、飲んで食べて、燃える一夜を過ごしました(嗚呼、あのときは鈴木繁夫元編集長も元気だった!)。

 あれから5年、100名そこそこだった支局長も、今や200名を超える陣容となりました(変差値の高い支局長たちは今日もあちこち走り回っているに違いありません。ご苦労さまデス!)。

 そこで、支局長同士が名刺を交換し、親しくお話をする大交流会を久しぶりに企画いたしました。日本全国、東西南北に分かれていても、わがふるさとを元気にしたいという気持ちは同じです。一度は直接会って、胸の想いを語り合いたいと思います。

『かがり火』のネットワークはまったくの民間のネットワークですから、どこからも交通費や出張費が出ません。すべて、身銭を切っての参加であり交流です。だからこそ、だれに遠慮も気兼ねもなく、肩書や地位も関係なしに、地域づくりへの思いをストレートにぶつけ合うことができるのです。

『かがり火』の支局長同士、また読者同士、必要な資料を送ってもらったり、セミナーを開催したり、視察で訪問し合ったりとネットワークを有効に活用していらっしゃる方も多いようです。皆さんの地域づくりをより強力にするために、何とぞご参集いただきたくお願い申し上げます。

 なお、自薦他薦の支局長候補の方、支局長ではないけれど熱心に本誌を支えてくださる読者の方々の参加も大歓迎いたします。

かがり火No75 編集後記

●私はゴルフ、株、カラオケはしない。オジンくさいから嫌なのである、と言えばかっこいいが、実際は運動神経が鈍いからゴルフは上達しそうにもないし、金がないから株は買えないし、オンチだから歌は歌えないからである。しかし、この三種の神器から見放されているおかげで、そんじょそこらのオジンとは少しは違うぞと見えを張ることができる。

●あのバブルのころ、私は一銭も損をしなかった。つまりは、一銭ももうかってもいない。世の中、なぜあんなに大騒ぎするのか最初から最後まで分からなかった。ワンルームマンションを買っておけば値上がりするとか、どこそこの会員権は絶対買いとかすすめてくれる人がいたけれど、私には無縁で無用、不思議な世界だった。ゴルフ、株、カラオケの市場を全部合わせると何億何兆になるのか知らないけれど、それらがまったく私にとっては無用の長物だと思うとザマァミローというか、爽快な気分になる。

●フロリダのオーランドで一流ホテルに泊まったことがある。ベッドがやたらでかい。小錦が2人寝られるぐらいである。朝起きたら、そのベッドは私が体を横たえたスペースしかシワになっていない。あとは真っさらである。私はそのまま部屋を出るのはもったいないというか、何となく腹立たしくもあったので、転げ回ってベッド全部をシワだらけにしてからチェックアウトした。自分の身の丈に合ったベットなら手間ひまかかることをしなくてもよかったのにと、恨めしい思いをした。

●このとき、このベッドを本当に必要としている人は小錦のような人か、生まれたときから、このようなベッドで育ってきた人だろうと思った。私のように雪深い国でわらしべふとんに寝ていた人間には、どうにもこうにも落ち着かない。このベッドを必要とする人種とは別人種なのであるということを思い知った。“分相応を知ることだ”という親の教えを、私は有り難い言葉として肝に銘じている。

●哲学者・内山節氏との出会いは本誌にとって事件である。なぜ、『かがり火』を発行し続けるのか、なぜ地域にこだわるのか、なぜ変差値人間を探すのか、自分でも漠然としていて、はっきり説明できなかったことに、くっきりと光を当てられた思いである。

「お金によって価値を計っていく社会になじんできますと、人間自身が、価値を質によってみるのではなく、量でみる習慣を身につけてくる。さらに量によって格差をとらえる発想をもつようになっている」(『自然・労働・協同社会の理論』/農文協刊)。結果的に偏差値社会ができあがり、多様な人間の価値が認められない社会になる。

 しかし、このような価値観に敢然と反旗をひるがえしている少数の人々がいるのである。本誌おすすめの変差値人間たちだ。この人たちの精神はやがて社会の主導的な力となって、社会変革をもたらすのではないかと考えている。

●偏差値社会の限界については、介護保険の問題点を早くから指摘している東京・武蔵野市長の土屋正忠氏も言っている。

「各省庁に共通していることだが、政策を具体的に提案し、調査し、法制化するのは三十代半ばから四十代前半までの課長補佐や企画官クラスの人たちである。これら若手中堅の官僚たちは、意欲もあり勉強もしていて、エネルギッシュな人たちが多い。魅力的な人物が大勢いて粒揃いである。しかし、これらの官僚群は、子どもの頃からテストを勝ち抜いてきた勝者揃いであり、年齢層も偏っていて、体力気力も充実している前途洋々たる強者である。だからエネルギーを集中して行なう分野では、これまで多くの成果を挙げてきたのだ。それが介護のように弱者を対象にした、家族の根幹に関わり、市民社会の葛藤を考慮に入れたり、草の根のエネルギーを必要とする分野の政策となると、どうしても視野に限界が生じてしまうのである」(『介護保険をどうする』/日本経済新聞社刊)

●正義派ぶるのは恥ずかしいことだが、新潟県警などを見ていると、いつまでもキャリアを崇め奉っている社会は奇妙な社会だとつくづく思わないわけにはいかない。本誌はこれからも、全国の地域づくりの活動を通して、新しい精神、新しい生き方、新しい社会システムを模索し続けるつもりである。(K・S)

かがり火No74 編集後記

●華々しくカウントダウンをして迎えた2000年ですが素直に喜ぶ気になれません。このごろ、町で行き交う人の顔はだれもが憂鬱そうで、何か物思いに沈んでいるように見えるからです。電車の中の顔を見渡しても、心の底から笑ったのは何年前のことか忘れてしまったような浮かない表情の人ばかりです。今ほど豊かで便利な時代はないというのに、どうして日本人は幸福な顔をしていないのでしょう。ますますコンピュータ社会が進むのとは裏腹に、満たされない気分がこの国に蔓延しているようです。

●“ヤフー”の株が1億円を超えたと新聞が大騒ぎです。それがどうした! 日本人のだれもがコンピュータを駆使して有利な金融商品を探し出し、電卓を叩いて金利の比較をすることに頭がいっぱい、こんな社会が幸福な社会なのだろうか。それより、以前にも書いたことだが、98年の自殺件数が3万人を超えたことに驚きます。なんと毎日90人が自殺していることになります。宗教戦争も民族闘争もない、飢餓もない、この日本で、自ら命を絶つ人が増えるばかりなのです。

●テレビの朝のニュースで、中央線で人身事故が発生し、電車が不通になっていると伝えていました。朝から、電車に飛び込まなければならなかった人の人生、その日の朝の気持ちはどんなものだったんだろう、考えるだけで暗澹たる思いがします。

●気持ちが晴れ晴れしない理由に、工藤、江藤問題も頭の隅っこにチラチラとありま

す。プロだから少しでも条件の良いところに移るのは当然過ぎるぐらい当然ですが、それでもなんとなく腑に落ちない。江川、桑田、元木、清原……巨人にも、巨人に移る選手にも、それを歓喜雀躍して迎える巨人ファンにも違和感を覚えてしまう(この際だからついでに言わせていただくと、アンチ巨人も巨人ファンのうちという言い方は甚だ遺憾である。MUKATSUKU)。

●規制緩和が進み、選択の自由、自己責任の時代になるというけれど、人間の本質は“寄らば大樹の陰”から脱却できないものなのだろうか。

●こんな時代に『かがり火』の存在価値はどこにあるのか、心細いかぎりです。しかし、独り善がりと言われてもいい、夢想家と言われてもいい、日本にとっての幸せの青い鳥は地域にあると信じて、発行を続けていきたいと思う。

 本年もどうぞよろしくお願い申し上げます。(K・S)